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日本における社会主義への道
*一九六四年から一九八六年までの日本社会党の綱領的文書。出典は日本社会党中央本部機関紙局『日本社会党綱領文献集』(一九七八)。第一部・日本の現状、第二部・社会主義運動の実践理論の二部に分かれるが、第一部は事実上は第二部の調査研究資料で、一般には第二部が「日本における社会主義への道」(略称、道)とされてきた。第一部は一九六四年二月開催の第二十三回大会で承認、第二部は一九六四年一二月開催の第二十四回党大会で承認、一九六六年一月開催の第二十七回党大会で修正補強された。第一部は第二部の三倍以上の長文であり、社会党内で学習・討論の対象になることもほとんどなかったので、ここでは省略する。第一部は『日本社会党綱領文献集』『資料日本社会党四十年史』などでみることができる。画像は鈴木茂三郎理論委員会委員長(左)、勝間田清一同事務局長。 
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目次
 
第二部 社会主義運動の実践理論
 
序にかえて    鈴木茂三郎
 
第一章 日本における社会主義と社会党の任務
一 社会主義革命の必然性 
二 社会主義の原則と基本目標 
三 社会党の任務 
 
第二章 平和革命の条件と移行の過程
一 平和革命の条件
二 移行過程に対する具体的展望と諸方途 
三 過渡的政権と社会主義政権 
 
第三章 議会制民主主義とわが党の闘い 
 一 ブルジョア民主主義と議会制民主主義 
 二 日本の議会制民主主義の現状とわれわれの闘い 
 
第四章 大衆闘争の意義
一 大衆闘争の重要性 
二 各種の大衆闘争 
三 大衆闘争に関する若干の重要問題 
四 大衆闘争・選挙闘争・反独占国民戦線・政権樹立 
五 大衆から信頼される党 
 
第五章 外交路線と国際連帯
 一   第二次大戦後の新たな動向
 二 日本支配階級の対外路線 
 三 積極中立の意義
 四 安全保障への道
 五 国際連帯
 
審議経過とこれからの課題      勝間田清一
 
 
 
第二部 社会主義運動の実践理論
 
序にかえて
 
社会主義理論委員会委員長 鈴木茂三郎
 
 日本社会党の社会主義理論委員会は第二一回大会(一九六二年−昭和三七年一月)の決定によって設置され、第二三回大会(昭和三九年一月)に於て調査と研究による第一部−現状の分析と認識−の報告を承認、次いで第二部―「日本資本主義発達の現段階において、その有する歴史的条件に対応し、民主的、平和的に変革して社会主義社会を実現する」(綱領第三章)原則に基き、いわゆる平和革命の手段による「日本における社会主義への道」に関するあらゆる検討をおこなった報告を提出し、第一部とともに第二四回大会(昭和三九年一二月)の承認をえた。もっともその大会、又はその後の集会等において提出された諸見解に検討を加え、第二七回大会(昭和四一年一月)で補正をおこない、かくて完結するにいたった。
 
  私はさきに第一部の報告をおこなった第二四回大会において、社会党の社会主義理論に対する抜本的な考え方について次の如く述べたのである。
 
  「私どもの『社会主義理論』に対する考え方あるいは心構えを申上げたい。資本主義の生成とその進化、発展、崩壊、これを科学的に分析する。そして資本主義から社会主義への移行、すなわち変革の必然性と、その過程に対する階級闘争の理論的な学理、これが科学的社会主義の学理である−私は理論との用語上の混乱を避けるために、わざとこれを学理と言っているのであります。しかし各国における資本主義の生成とか、発展の過程は、それぞれの国々によって多種多様であって、各国の経済上、政治上、文化上、あるいは歴史的にも多種多様の条件の下にあるので革命の手段、変革の形態や過程はこれまた、それぞれ多種多様である訳であります。したがって各国の社会主義への大道をすすむ革命への変革を推進する大衆行動の戦略、戦術を規定する基本的な指導方針を裏づける理論、すなわち社会主義理論とはこれである。私は、かように理解しているのであります。言い換えると世界共通の社会主義に関する学理とそれぞれの現実に適応した大衆行動に関する理論を統一したもの、これが私の言う社会主義理論であるのであります。そこで当然われわれは現実に裏付けされた理論と結びついた、日本社会党のプログラムを持たなくてはならない。これが戦術である。それなくして社会主義の勝利はあり得ない。それと共に、長期にわたる闘争の究極における目標をも持たなくてはならない。これが戦略である。戦略的目標と戦術的プログラムなしに、社会主義革命を実行することは不可能であります。」
 
  さて、第一部と第二部についておおまかにここで申上げたいことは、第一部について−−これは国際的にも国内的にも、現実は一定の基本的な条件を中心にして、めまぐるしく変転し発展しつつあるので、今後、第一部については理論委員会は引きつづき調査、研究をすすめなくてはならないと考えているが、それについて私は世界帝国主義のアメリカの情勢や日本の支配階級の独占資本の経済上、政治上における支配の現実に関する調査、研究に対する努力が足りないことを指摘しなければならないのである。たとえばアメリカ帝国主義に対して、中・ソ等の反帝闘争がアメリカにおいて、いかように闘われているか、ということやケネディの暗殺と大養等の暗殺を対照して日・米における当時と今日の独占資本による帝国主義の遂行、インフレーションの発展、合理化の強行、公債政策と軍事財政への移行、満州事変とベトナム戦争等々など、ほんの一例にすぎないが、「先ず敵を知れ」ということが戦史にもいわれているのである。
 
  第二部について、これは四本の問題点の柱を建てた。その第一は平和革命に関するあらゆる諸条件を検討してそれは可能だという信念を確固たらしめたことである。したがって日本に於ては議会制民主主義を確立することによって、社会主義・民主主義の目標に到達することができるということである、
  第二は独占資本の段階におけるブルジョア民主主義は、国会の政治支配の主柱としている。そしてそれは国会を空洞化しつつある独占資本支配の現段階を十分理解し正しく把握しなければならないということ、そしてまた、そうした理解の中でわわわわは絶対多数を占めて、民主的な革命を可能ならしめるあらゆる条件と情勢に検討を加えたところである。
 
  第三はややもすれば無原則的な現在の大衆闘争に関して検討を加え、その原則を打ち樹てたことである。すなわちわれわれは実践の中で大衆闘争の指導はどうあるべきか。大衆闘争の形態は、どう作るべきか。そして大衆闘争の究極目標と平和革命と議会制民主主義との関連を、いかように結びつけるか。こういうことが検討されて、はじめて大衆闘争に対する無原則的な大衆行動から脱却し得るのである。
  第四は国際的な連帯。社会主義政党としての国際連帯に関する原則。国と国の間における外交的路線、そして両者の関連に関する問題をも柱として検討を加えたのである。
 
  以上、理論委員会の一応の任務を了ったその後、新しい事態がおこった。それは一つは第二四回大会に於いて私が要望したように、社会主義理論を不断に研究し、且つまたこれを推進するために「社会主義理論委員会」なる組織を今後も常置することが決定されたこと−−委員会の代表は必要により当該の問題について発言することが出来る−−と他の一つは常置する理論委員会の構成ができないうちに、佐々木中執委員長からの要求によって「社会党の社会主義政権を確立する以前における単独、または連立の社会党の過渡的政権」の樹立の問題に関する調査、研究の指示があったことである。
 
  新しく構成された理論委員会は、第一回総会に於て佐々木委員長指示の事項は第三部報告として第一部の検討と同時にただちに調査、研究に着手することになった。
  社会党政権に関する理論は、一応「社会主義への道」に於て規定されているので、当面の政局の動向を見極めて、この理論の尺度に照応して社会党政権の現実的な問題を検討することになろうと思う。
 
  私は第二四回大会の「あいさつ」に於いて大塩平八郎の古い言葉の「知行合一」を引用して「学理と実践」を結合した理論のむつかしさについて訴えた。大塩平八郎は天宝[ママ]八年の飢饉に大砲を大阪市内に引き出し、三井、鴻池等の邸内を砲撃して財宝、食料を市民に解放する動乱をおこした。時はあたかも英国においてはチャーチスト運動のおこなわわた時期であった。三宅雪嶺博士は
「大塩は陽明学を一歩すすめて『知行合一』を説いた。彼は自然に社会主義を得、その主義のために斃れたるも社会主義なるものは百年の後大いに行はるべきものなり」(国府犀東の「大塩平八郎郎」の序文、明治二九年)
と断じている。
 
  大塩はまた「過ちの無いことが貴いのではなく、過ちを能く改めることが貴い」ということも「洗心洞詩文」で言っている。せっかくの社会主義革命のための行動の理論も「目的意識」と「献身的努力」なくしては死文にもひとしい。と同時に行動と理論を結ぶ平和革命を手段とする社会主義の戦略と戦術の理論と実践の研究がもっとも必要であると思う。
 
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