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分権自治の時代をめざして
地方自治の基本構想
党中央本部
一九七九年一月三日
*六十年代から七十年代にかけての革新自治体の経験を整理し社会党の自治体政策を体系的に述べた文書。出典は『資料日本社会党四十年史』(日本社会党中央本部 1986)。長文のため3ページに分けて掲載。
 目次
(一) 地方自治の基本構想策定にあたって
(二) 明日の地方自治と自治体
一、地方自治の本旨にかかわる三つの意義
二、住民の政治参加を推進する四つの権利保障
三、分権自治の推進
へ、経営主義的地方行財政の転換
四、分権と民主的統合
五、自治体はかく行動する 
   (一) 地方自治の基本構想策定にあたって
      −住民にとって地方自治・自治体とは何か−
1、昭和二二年に制定・公布された日本国憲法において「地方自治」の一章が設けられ、以来わが国の政治制度及び国民の政治的権利の基本支柱として地方自治の制度的確認がなされた。併せて制定された地方自治法は、憲法で確認された地方自治とその本旨を組織・運営、権利及び義務の全般にわたって具体的に律する基本法であり、以後の地方自治はすべてこの憲法及び地方自治法に基づいて解釈、運営されるべきであるとされている。
 しかしイギリスの「権利の章典」の例をあげるまでもなく、時の憲法及び諸法典は、政治権利の行使を律し、国民の権利を擁護するたたかいの結果として制定されているが、わが国の歴史は、こうした西欧の歩みとは必ずしも軌を一にしていない。民主主義獲得のための組織的かつ不断の歴史をもたないわが国にあっては、この憲法は、国民にとって偉大なる共有物ではあっても、苦難なたたかいの結晶と言うには今一歩の感があるのは言を俟たないであろう。
 2、地方自治についてもまた同様である。平和憲法下の地方自治制度は、明治地方自治制とは根本的に異なり、首長及び議員の直接選挙権、リコール制の保障、府県、市町村の二段階地方自治行政制度と条例に基づく自治行政を基本的骨格として出発したが、その後の歩みは、この民主的制度をより発展させ、どのように実態化するかをめぐっての闘争の歴史であったと言える。
 ともあれ、こうして憲法に保障されて出発した民主的地方自治制度は、今日にいたるまで歴代自民党政府による数次にわたる地方自治改悪(議会審議権の縮小、区長任命制、内閣総理大臣の監督権の強化等々)警察及び教育委員会制度の改悪にみられるように中央集権化への道をたどってきたが、その必要性を認識し、具体化を求める勤労国民の運動によって着実に住民のなかに定着してきた。
 すなわち、一つには、身近な政治機構としての自治体が、国民の政治的諸権利の発揚と日常的な生活原理としての民主主義の存立に不可分であり、これへの参加が政治全体への参加の重要な土台となっていること、二つには、日常的な消費生活、保育所、病院、学校を始めとする社会的生活手段、農林水産業はもとより企業立地にいたるまでの地域経済、公害防止をはじめとする健康及び環境の保持などあらゆる分野において自治体が有形無形の役割りを果し、その行動如何によっては、国民生活は著しく影響を受けることが明らかになり、自治体への働きかけが強められていることなど今や地方自治は、国民にとってなくてはならないものとなっている。
 3、とくに自民党政府による高度成長下において公害をはじめとする様々な分野における勤労国民の地方自治革新の運動を背景として地方自治は着実にその領域を拡大してきた。大企業のための道路、港湾など産業基盤整備を中心とする地域開発政策とそのための公共投資によって過密・過疎が進み、国民生活に著しい困難が生じた。過疎地域における挙家離村、出稼ぎは従来の地域共同社会を崩壊させ、過密地域においては住宅難、公害、交通難などのいわゆる都市問題を発生させた。こうした地域開発のもとで住民の生活環境の整備をはかるべき自治体は、逆に工場誘致に走り、汚職・政治腐敗を招き、住民の政治的・経済的及び社会的権利の擁護に大きく背を向け、不信を買うこととなった。この結果、自治体の民主化を求める住民は、全国各地に公害反対運動など様々な運動を生み出し、わが党をはじめとする革新勢力の自治体改革闘争を共に前進させた。このたたかいの中で生れたのが革新自治体である。
 4、革新自治体は、憲法に基づき自治行政を大企業優先から住民中心に転換し、高度成長下で著しく困難を増した住民の福祉の向上をはかり、地域民主主義の確立とそれを実現するための自民党政府への抵抗を基本的課題として全国に生れ、今日その数二〇〇余に達している。このように革新自治体の生成と発展は戦後三〇年にわたるわが国地方自治が国民の中に着実に定着しつつあることを示す一つの大きな指標であり、その成果とともに革新自治体は、国民の中に確固たる地位を築いていると言える。
 5、しかし高度成長下でその矛盾を内部蓄積してきたわが国資本主義は、石油ショックを一つの契機として狂乱インフレを引き起こし、これを沈静させようとししてとられた「総需要抑制」によって一転、高物価・不況のスタグフレーションの泥沼に落ち込み、その根本的矛盾を露呈し、さらに深化させている。自民党・独占資本は、国家独占資本主義の矛盾がもたらした「経済・社会危機」を隠蔽し、国民に犠牲を転嫁しようとしており、これに反対する国民との間にかつてなく先鋭化した諸問題を引き起こしている。
 6、自民党政府は、“賃金か雇用”“高福祉には高負担”を叫び国民に耐乏と生活水準の切り下げをはかるため様々な思想、合理化攻撃を加える一方、不況による雇用・失業不安に陥れる国民の意識を逆用して政治反動を強めている。
 革新自治体を中心とする自治体への攻撃もこの「経済・社会危機」を乗り切ろうとする自民党・独占資本の戦略の重要な一環をなしており、その攻撃は、従来とは質的に異なった次のような様相をみせている。
 一つは、人件費・福祉攻撃を加えることによって放漫財政運営を印象づけ、革新自治体を無用視させること。
 二つには、革新自治体を支えてきた住民、自治体労働者を分断し、革新自治体を孤立化させようとしていること。
 三つには、不況による国民の生活不安を利用し、反革新にむけた住民組織化をはかろうとしていること。
 このような攻撃は、高度成長下の攻撃とは明らかに様相を異にしており、その本質には、定着しつつある国民の地方自治意識や民主主義を活性化させる前にその芽を奪いとろうとするところにあると言える。事実、最近の首長選挙においては、自民党は見せかけの「参加」や「住民福祉」を唱え、革新との争点をあいまいにするとともに、長期不況のもとで住民自らの手で自治体の「減量経営」を行なうよう仕向けている。こうした自民党の攻撃は、一面では革新自治体のこれまでの実績の反映であるが、他方この攻撃は従来の行財政コントロールを駆使した中央集権化とは異なり、より広範な思想的、イデオロギー的内容をともなった“新中央集権化”とも言うべき攻撃の本質を持っていることを見失ってはならない。
 7、こうした攻撃の下で昭和五〇年以降、革新自治体は明らかに停滞ないし後退傾向に陥り、今なお攻勢に転ずる契機を得ていない。それには三つの原因が指摘される。
 第一は、革新自治体の革新性の問題である。
 昭和五二年の革新市長会総会で、「政策上のマンネリズムに陥っていないか。新鮮さ、清潔さを失い、行政の官僚化に陥っていないか。大胆に市民参加を進めているか。野党エゴイズムに振り回されていないか。国・地方を通ずる体制全体の変革の必要性についてその展望を示さず自治体のワクの中にだけ閉じこもっていなかったか」と「自己革新」の必要性が指摘されている。こうした指摘にも見られるように、最近の革新自治体においては、汚職問題をはじめ、いくつかの革新自治体らしからぬ行動がみられ、結果として住民の信頼感をそこねることとなっている。そうした意味では清潔さ、新鮮さを保ち、官僚性の弊害を除去し、常に体制の変革をはかっていく「革新自治体の自己革新」が不可欠であることは言うまでもない。
 第二は、住民の組織化の問題である。
 革新自治体は、その民主的行政の展開を通じ、社会党や自治体労働者と協力し、住民の民主的再組織化を大きな課題としている。「経済・社会危機」の下で自民党、独占資本が危機感を持って革新自治体攻撃を加えているとき、これをはね返す力は、基本的にはこの民主的再結集にかかっている。この十分な組織化に遅れをとっていることが今日の結果を招いた一つの大きな原因と言わなければならない。
 第三は、住民の要求の変化とそれに対する革新自治体とわが党の運動の立ち遅れの問題である。
 高度成長が破綻した中で、住民の意識には、再び中央依存、大企業依存、保守主義への回帰傾向などがみられるが、他方では政治的には中央集権主義、経済的には国民総生産拡大至上主義、社会的にも中央志向という高度成長を支えてきた基本的枠組みの根本的な転換を求めている。しかしこうした意識は、働くものと搾取するものとの価値観についての基本的対立を反映しつつも従来の価論観から脱却しようとして多様な要求となって表われており、こうした要求に対し、わが党や革新自治体の運動が十分応えていなかったと言わなければならない。
 8、このように今日、住民は、高度成長を支えてきた従来の政治・社会の諸制度の根本的転換という優れて質的内容をともなった要求を持ち、福祉等についても単に量的拡大のみならず、その体系化を求めており、地方自治改革についても同様な質的転換を求めていると言える。
 すなわちすでに述べたように平和憲法下の地方自治制度は、戦前の官治的地方制度を建前上否定して出発したとは言え、実態は、機関委任事務に代表されるように強くその遺制を引きついでいる。現在の地方自治について住民は、これを、@憲法の「地方自治の本旨」に基づいて再点検し、再認識すること、そしてA政治全体の民主性を確保・保障する手段としての地方自治、地域経済に深く関与する地方自治、地域の社会・文化の育成発展に関与する地方自治など住民の政治、経済、社会、文化のあらゆる権利・義務において地方自治の復権、確立をはかることを強く求めている。
 しかもこうした要求の中には高度成長とその下での独占資本奉仕という多くの自治体が果してきた一般的役割りを全面的に否定するが故に、集権に対しては分権を、広域に対しては狭域を、権力的統合には自主的連帯を、それぞれ対置する傾向さえ見うけられる。
 9、しかしわが党は、こうした単なるアンチテーゼとして地方自治を認識し位置づけるものではない。わが党は、平和憲法を真向から否定する「有事立法」が自民党政府から平気で提起される最近の反動化の中で、民主主義を守り徹底させる一環として地方自治改革の必要性を認識し、そのための具体策を提起する。そして国民の政治的、経済的、社会的及び文化的権利と義務が、国民の身近な自治体において生かされ発展させられるように地方自治の復権をはかりたいと考える。
 10、こうした立場からこれまでの地方自治を再点検すると、@住民の政治参加、A行政運営、B中央政府との関係について改革すべき重大な課題が山積している。すなわち住民の政治参加については、住民の直接民主主義をどのように保障するか、行政運営については予算制度を含め住民の要求に自治体をどのように対応させるか、また国との関係においては、両者が対等ではなく支配従属の関係におかれていることをどのように改めるか等、様々な問題が山積している。
 わが党は、こうした諸問題を“分権自治”を基礎に民主主義と政治参加の拠点であり窓口として地方自治を認識し、位置づける中で改革したいと考える。
 11、こうした基本認識に立ってここに提起される地方自治の基本構想は、自民党政府の下で、今後われわれが展開する自治体改革運動の総合的な目標であり、わが党の地方自治政策の基本となるものである。
(二) 明日の地方自治と自治体
   一、地方自治の本旨にかかわる三つの意義
 地方自治の本旨について、よくこれを団体自治と住民自治の二つの概念に区分し説明する傾向がある。すなわち「住民自治というのは、地方の行政に、政府機関によらず、その地方の住民又はその代表者自らの創意と責任において行なうものであり、団体自治とは一定の地域を基礎とする独立の団体が国から独立した人格を有し、国の関与をできるだけ排除した地域の行政を行なうことをいう」(自治省編「地方自治の動向」より)。
 こうした認識のもとでは、団体自治の保障が、住民自治の確立につながると考え、団体自治権のみに目を奪われる傾向をまぬがれえない。
 また他方、「国の政治が民主的で、つねに地方住民の利益に応えるものであるならば、地方自治をとくに必要とする理由はない」というように、近代国家においては、憲法が民主主義、基本的人権の保障を謳っている限り、原理的には地方自治を絶対不可欠なものとはしていない、とする意見もある。
 しかしひとたび憲法において、地方自治を基本的原理として掲げたことは、諸外国はいざ知らず、わが国においては民主主義と基本的人権を中央政府のみでは保障しえないことを明らかにしていることを意味しており、地方自治の水準とその発展度合は、わが国における民主主義と基本的人権の度合と深くかかわっていると言える。したがって地方自治の本旨を固定的に解することは必ずしも適切とは言えないし、「固有説」「伝来説」あるいは「承認説」を展開することはさして利益のあることとも言えない。こうした意味でわが党は、現在の政治状況のもとで平和憲法の基本原理である民主主義と基本的人権の保障を地方自治の分野からいかに実態化するかを基本として地方自治の本旨を把握するものである。すなわちわが党は、地方自治について(イ)民主主義の拠点と参加の窓口、(ロ)国民の相互連帯形成の場、(ハ)民主的統合の土台、として認識する。
 イ、民主主義の拠点と参加の窓口
 国民の政治参加は、個人の意思と能力に沿って政党、労働組合、職能組織、居住組織等、様々な組織を通して主体的に行なわれる。これらを通して参加する国民の行動は、そこに掲げられる問題の大小及び内容によって働きかける対象が異なるが、それが最終的に政治的決定を必要とするものである限り、自治体をまず最初の対象とする。したがって自治体は、こうした様々な組織、個人が政治参加をはかるもっとも身近な公的機関であり、住民から発した要求が自治体から中央政府へ、中央政府から自治体を通して住民へとつながる政治課程の重要な窓口機関として確立しなければならない。したがって、これに必要な権限と責任を自治体に保障することが、国民の政治参加を実りあるものにする第一歩であり、これが保障されるならば、その権限と責任を住民の意思に基づいて行使するための民主主義の拠点となるであろう。
 ロ、国民の相互連帯形成の場
 住民生活の身近な諸問題を処理する共同処理機関として自治体を位置づけるならば、その共同処理を可能とするものは、行政権限を背景とする権力的執行ではなく住民の連帯意識である。自治体は、住民がそれぞれの地域において階層的、地域的利害を克服し、相互協力に基づく連帯意識を形成・推進する場である。
 ハ、民主的統合の土台
 すでに述べてきたように自治体は、国の出先機関ないしは従属機関ではない。それは憲法が掲げる民主主義と基本的人権を保障する具体的な制度であるとともに、国家権力の民主的行使を保障する機関であり、同時に国民の政治参加の窓口として位置づけることによって国民の意思を民主的に統合する土台でもある。
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