職場に党をうちたてよう 本部指令第四号
党労働局(一九六五年二月九日)
*職場党支部建設を通して労働運動前進をめざした重要文書。出典は『資料日本社会党四十年史』(日本社会党中央本部 一九八五)。目次はサイト管理者。長文のため3ページに分けて掲載。写真は戦後労働運動の画期となった1960年三池闘争での松明デモ。
はじめに
一、党組織の現状と労働者党員
二、職場支部
三、党員協議会・党員グループ
むすび
ことしの春闘は“不況の壁”がやかましくいわれたわりに、例年とくらべてそれほど見劣りのしない賃上げ実績をあげることができました。それに引きつづいた参議院選挙の結果も、われわれにとって“期待以上ではないが、以下でもなかった”という声がつよいようです。こうして労働組合も社会党も、いわば一種の安定的なムードで運動を進めているように見えます。
しかし、これはほんとうに安定した状態でしょうか。われわれは運動と党の現状に手放しで満足できるでしょうか。
もちろんそんなわけにはまいりません。たとえば、労働者が春闘によってようやくかちえた賃上げの成果も、物価や公共料金や保険料の引き上げでみるみるうちに減殺されております。それだけでなくほとんどの職場で、以前よりもいっそうきびしい合理化の攻撃が加えられております。労働強化や人べらしや職場規律のしめつけが強まり、企業整理・倒産による大量首切りがあいつぎ、しかも職業病や労働災害の続発で仲間からの健康と生命までがそこなわれているのです。また、支配階級はアメとムチの政策で労働者の階級意識をにぶらせ、分裂政策をおしつけ、合理化への抵抗をよわめて当面の経済危機を乗りきり、独占体の利潤と地位を守ろうとしています。
ところが現在の労働運動は、このような合理化攻撃と本格的に対決して、それをはねかえしていく態勢をまだそなえておりません。これまでのようなやりかたで、年に一度か二度の企業内賃金闘争に集中するだけでは、合理化とほんとうに対決するのは困難なことです。職場のなかには、賃上げだけでは解決できない要求や不満やなやみがたくさんあります。そのすべてを抵抗のエネルギーに加え、日常不断に、職業を基礎として合理化と対決することこそ根本の前提です。つまり、よくいわれる企業主義、物とり主義、幹部うけおい主義など企業別労働組合の限界をのりこえ、労働者一人ひとりの意識を発展させて、労働運動が名実ともに階級闘争として高まらなければなりません。そういう基礎があってこそ、大福賃上げのたたかいも反合理化の大きな柱として、最大限の成果をあげることができるにちがいないのです。
現在の労働運動は全体としてのこのような態勢がよわいために、うわべは安定的なムードにみえるようでも、そのじつ内容をえぐってみると意外なもろさをひそめております。支配階級がここ数年来の高度経済成長をつうじて体制をつよめ、合理化政策を全面的に展開しているのにたいして、労働運動のがわは極端な立ちおくれを示しているのです。だから、運動の現状にみられる安定的ムードは、じつは深刻な停滞と危機の半面だとみなければなりません。
ところで、このような現状にあるのは労働運動の指導部―幹部の問題が大きいと同時に、もっと本質的には党の責任です。とりわけ、日本の労働運動の主導的勢力とながいあいだ特殊に緊密な関係をもち、政治的にも組織的にも、あるいは人間的にもふかくむすびついてきている社会党が、自己の指導性をいまだに運動のなかで確立していないことは重大な問題です。
今日、社会党のいろいろな弱さや欠陥は、わが労働運動の体質的なもろさにつながっております。逆にまた、社会党が指導力の面でも組織力の面でも強大になっていくことは、日本の労働運動が階級的にたかまり、合理化と真に対決できる態勢をととのえるうえで欠くことのできない要件です。社会党と労働運動のあいだのこの格別な関係は、日本の革新陣営の構造において否定できない現実となっているのです。
これから、社会党の組織問題−とくに労働者党員の活動と組織のありかたに検討を加えていくわけですが、問題の根本は、ここでのべたように、わが労働運動がむかえている条件と闘争課題にてらして、そのなかで党の指導責任をいかに遂行するか、また遂行できる党をいかにきずくかという観点をつらぬくことにあります。
一、党組織の現状と労働者党員
(1)党員数の絶対的不足
問題の背景を明らかにするために、社会党の組織実態と労働者党員の関係がどうなっているかを具体的に検討しておきましょう。
社会党では“三分の一の壁”ということに関連して、同時に“党員五万の壁”がたえず問題になってきました、こんどの参議院選挙の結果もそうでしたが、国会・議席数で“三分の一”をこえることはなかなかむずかしい。だがともかく選挙では一千数百万票の支持を獲得できる社会党が、わずか五万人ほどの党員しか持たないことはたいへんな矛盾です。外国の社会主義政党をたずねても、このような事例は全然みられません。たとえば、イタリアは国の人口こそ五千万で日本の半分程度にすぎないが、社会党には約六十万人、共産党には百七十万人ほどの党員がおります。フランスも人口は四千五百万だが、革新諸政党の党員数は百万人をこえております。日本のばあいにあてはめてみると、人口比例では、幾百万という社会党員がいてもけっして不自然ではないということです。それが実際にはわずか五万人そこそこの線を十年ものあいだ低迷しているというのは、なにか致命的な欠陥が社会党の体質にあることを物語っているといえるでしょう。
それはさておき、社会党のその五万人ほどの党員のうち、六割以上が組織労働者であるといわれます。労働者階級を中核とする「階級的大衆政党」として、この構成はけっして不適当とはいえませんが、なんとしても絶対数がすくない。日本の二千七百万人の労働者、九百万人の組織労働者のなかで社会党員がわずか数万人しか組織されていないというのは、どうかんがえても“異常な実態”だといわなければなりません。それだけでなく、この労働者党員のなかの圧倒的部分は労働組合の幹部をつとめていて職場のふつうの労働者や活動家のなかでは、めったに社会党員を見ることもできない状態です。
多くの職場には、社会党にはどこにも所属していないけれども、日ごろの組合活動・職場活動では熱心に働き、進んだ考えをもち、選挙のときなどは社会党の候補者を支持して運動してくれるような活動家が、現在の党員数をはるかに上まわるほど存在しております。だがそのような人びとをも、社会党はまだ、組織的に獲得するじゅうぶんな方法と機会をつかんでおりません。
このような事情は、社会党が党の根本のささえである組織労働者のなかでさえ、具体的なかたちでは“大衆に根をおろす”態勢がとれていないことを示しております。党員数が絶対的にすくなく、しかもそのすくない党員が労働組合の幹部にかたよっているのは、社会党の組織におけるもっとも致命的な、変則的な問題点になっているのです。そしてこのことは、労働運動のなかで“幹部闘争から大衆闘争へ”の脱皮がいくども強調されながら、いまだに解決されていないという問題とも、けっして無関係ではありません。
(2)これまでの「党員協」活動
現在、日本のおもな産業別労働組合のなかには、それぞれ「社会党員協議会」がつくられております。はじめ公労協の一部の単産から発足したこの形態が、今日では民間をふくむ労組内社会党員の主要な結集形態になっていることは周知のとおりです。そして現に、日本の労働運動の主軸となっている総評と総評系単産のなかでは、この「党員協」が事実上の主導勢力として、運動の路線を規定する中心の役割りを果たしてきました。
これまでながいあいだ、「党員協」は日本の労働運動の路線を極端な偏向や堕落からまもり、真に階級的民主的な筋道で推進するうえで積極的な、重要な影響をおよぼしてきております。このことは確信をもって高く評価できることです。
しかしこの「党員協」も、これまでの活動のつみかさねのなかで、ようやく一定の限界に突きあたるようになってきました。もちろん全部がそうだというのではありません。全体としてみると、たとえば民社系の単産の内部や、あるいは共産党の支配的な影響下にある組合で組織された「党員協」は、いまでもわかわかしい情熱をもち、たいへんな苦労をしながらその組合の民主化をはかり、真に階級的な運動路線をまもろうということで活躍しております。そういうところでは、「党員協」はまだ積極的な活力をもって発展しているということができます。
半面、社会党系の指導勢力と路線がすでに安定的な影響を確立している多くの、主要な単産のなかでつくられている「党員協」はどうかというと、その活動がむしろ安易になりマンネリ化して、発展の活力もおとろえていることがしばしば批判され、そのために「党員協」自体の体質改善が、最近数年間とくに強調されているという実情があります。
そこで、この「党員協」の一般的な活動の内容が現にどうなっているのか見ますと、おもに労働組合の機関対策に集中した活動であるということができます。たとえば組合の大会や中央委員会などがひらかれるばあいに、その組合の各級組織で活動している社会党員が全国から集まってきて、組合の運動路線を御用組合的な労資協調主義からどうやってまもるか、あるいは極左的な政治主義の押しつけをいかに排除し分裂の傾向を克服するかといったことで討論して意思統一を行なう。それからまた組合をいっそう前進させ強めるために、社会党員の立場でどのような課題を提案し、あるいは直面している問題にどういう対策なり方針をうちだすべきかを討論して、党員や党友の意思を統一する。−−つまり組合がまちがった方針を採用しないように、あるいは階級的なただしい方針をきめるように、社会党員の統一した意思を機関決定の過程で積極的に反映させていく活動です。このなかには、組合役員の選挙にあたって、できるだけ多くの社会党員と党友を進出させる方策を検討することも、当然ふくまれます。
これらの機関対策は、たしかに党活動の重要な一つにちがいありません。社会党が労働運動に指導的な影響を確立していくうえで、党としての機関対策活動は必要であったし、これからも必要であるといえます。ただ、まえにもふれたように社会党の影響が安定している組合では事実上、機関対策の内容が役員選挙対策にだけかたよっていき、そのことから、「党員協」の内部で対立関係さえ生じるという状態がみられます。そうでなくても、反対勢力が弱体なために、その組合内の党員が“多数”のうえにアグラをかくことになってきて、いわゆるマンネリ化の傾向を生み、発展の限界に行きあたってしまうわけです。このような点で、現在の「党員協」による機関対策活動は抜本的に改革し、改善していく必要があります。
その問題はあとで具体的に検討するとして、ともかくこのような機関対策活動はそれなりに必要であるけれども、しかしけっして労働者党員の活動課題のすべてではありません。もともと機関対策というのは、いってみれば労働組合活動の次元における、その枠内での党活動であります。ですから、機関決定過程では党の意思と方針を反映させても、決定が実現した段階において、その時点で“党の消滅”を予想しなければなりません。つまり、社会党員が組合機関でいろいろと発言し、その主導によって一つの方針が決定されたとしましょう。しかし、その方針が組合員大衆のなかにおろされていくときには、それはあくまで組合の方針そのものであって、大衆がその方針のなかに「党」のすがたを具体的にとらえ、意識するということはありえないわけです。あたりまえのようですが、まんいち、機関決定後の段階でも「党」を強引に押しだしてゆくならば、それは“党の引きまわし”以外ではありません、それゆえ組合民主主義の見地からは、このばあいまさに“組合の機関決定は党の決定に優先する”のが当然ということになります。
このように「党員協」による機関対策の活動には一定の限界があり、しかもそれはあくまでも厳守しなければならぬ限界です。
(3)職場の党活動
当然ながら、労働者党員の党活動にはもうひとつの、異なった領域があります。
それは機関対策のばあいとちがって、社会党員が直接、党の方針に従い、職場大衆のなかに入って活動することです。そのいちばん手じかな、基礎的な活動は党機関紙の配布活動にみることができます。だがこれも、たんにばくぜんと配布するのではなく、機関紙活動をきっかけにして、党員と職場の人びとが人間的にも思想的にもむすびつき、さらにそれを土台にした日常的な、さまざまな政治的活動−党活動を展開することが期待されます。
とりわけ、冒頭にのべたように体制的な合理化攻撃のもとでは、党が職場大衆の一人ひとりを思想的・組織的に獲得し、反合理化の活動家集団を結集していくという課題が、決定的な意義をもってきております。これは、職場の実態がどうであろうと、つねに党が先頭に立ってとりくまねばならない課題です。そして、このような職場の党活動が組織され発展することによって、党は、真の産業別統一闘争の基礎条件をかためるという階級的任務を果たすことができ、また、「企業」をこえて未組織労働者や諸階層大衆との連帯を進めるうえで、そのための諸活動の組織者ともなれるのです。
機関対策の活動は、一般に間接的党活動とよばれますが、それにたいして、ここでのべているような活動は直接的党活動として区分されます。間接的党活動のばあいには組合機関がなかだちになりますから、それなりの限界があり、結果は労働組合の決定として実現される活動です。しかし直接的党活動は、党そのものの活動であり、社会党員は党組織以外のだれにも制約されることなく、その課題を完全に遂行するのが当然といえます。
ところで、いまの労働者党員の活動実態は、まえにもいいましたが、ほとんどのばあい間接的党活動、つまり機関対策活動だけに集中しております。職場での直接的党活動は全党的にみてきわめて弱体であり、具体的な経験にもとぼしいのが率直なすがたです。なによりも、直接的党活動のにない手となる職場の党員数が、絶対的にも相対的にもひじょうにすくなく、そのために“職場における社会党の不在”がきわめて一般的な状態となっております。
それでも、社会党に対する組織労働者の支持率はかなり高いわけですが、いったいこの「支持」はどうやって形成されているのでしょうか。多くの人は、テレビや新聞をみて、「社会党は国会でなかなかよくやっている」とか「社会党の外交政策がいちばんいい」といったふうに、おもにマスコミをなかだちにして社会党のイメージをつかんでいる。あるいは「組合が社会党を支持しているから」というだけの消極的な受け身の支持理由しか持たない人もいるでしょう。いずれにせよ、多くの労働者は職場のなかで、自分の手のとどくところに社会党のすがたをとらえる機会がほとんどないわけです。職場につみかさなっているいろいろな要求や不満にたいして、一人ひとりのなやみにたいして、それらを真剣にとりあげ、解決の方向を示し、力になってくれる活動主体としての社会党は、職場のなかに“不在”なのです。だから、組織労働者が社会党を支持しているといっても、その内容はじつにひよわなものにすぎません。
現に多くの職場で、共産党や公明党の勢力の伸びが急速だというのも、社会党のこの弱体が条件をあたえているのです。すくなくとも職場活動の面で、社会党はかれらにさえ立ちおくれております。中小企業や未組織の労働者のなかでもそうですし、とくに労働運動の根幹となるべき民間重化学工業部門の労働組合でも、職場のなかで社会党は押しまくられようとしているのです。
しかもそういうところでは、あらゆる政治的活動が抑圧され、職場からしめだされて、たとえば『社会新報』の配布さえできないような状態がひろがっております。これは、運動の前途をかんがえるとき、きわめて深刻な根本的な問題ではないでしょうか。
(4)大会決定と指令第四号の意義
これまでに検討したことから、われわれは二つの集中的な実践課題をひきだすことができます。それは、@職場における社会党の組織と行動の弱さを克服し、組織労働者のなかで党の大衆的基礎をかためなければならない、Aそのためには現に労働者党員の主要な結集形態である「党員協議会」の改革についても検討し、真に“労働運動を指導できる党体制”を確立する必要があるということです。
この課題は、たんに組織上の技術主義によるだけでは、成功的に進めることはできません。なによりも、党員と労働者大衆の階級的自覚に依拠するという観点が欠けてはならないのです。たとえば、職場で社会党員をふやすという場合でも、上から「大量入党」の号令をかけさえすれば、機械的に達成できるとかんがえるわけにはまいりません。社会党への入党は、あくまでも先進的大衆の自発性にもとづくものであり、社会主義運動のさきがけとなることに人生の意義をかけるという、重大な決断がなくては実現しないのです。それゆえ、いまの社会党員一人ひとりが、日常のたたかいと行動をつうじて職場の進んだ労働者と思想的にも人間的にもむすびつき、その奮起をうながす努力こそ根本であります。当然また社会党の各級機関をはじめ、党員である組合幹部や活動家や議員などの人びとが高い指導性と献身的な活動姿勢をたもつこともたいせつなカギとなるわけです。
このように、現在の社会党員が自己の階級的資質をみがき日常生活に献身するというところに、党の組織問題の本質的な点があるのはいうまでもないことです。
同時にまたわれわれは、検討したような実態を出発点として、どうやって社会党の組織をつよめていくかという問題での、具体的な方法と組織上の保障を持たなければなりません。これが欠けると、どれほど有利な条件があっても、党拡大の実際のきっかけをとらえそこなうことになるでしょう。
社会党では、党の組織建設の原則的課題を追求するために、六十四年二月の第二十二回党大会以降「組織問題委員会」を設けて、全党的な討論をつづけてきております。十二月の第二十四回党大会は、この委員会の「報告」をみとめ、党規約改正をふくむ一定の組織課題をきめました。それにもとづいて、とくに労働者党員の活動強化と結集形態の整備をもとめる方針も決定されました。この大会決定はさらに、六十五年二月九日の「中央執行委員会指令第四号」―職場の党活動をつよめ労働各党員組織を整備せよ−によって、いっそう具体的な実践課題とされております。
そこでこれから、これまでに検討した実態と問題を前提にして、党大会の決定と「指令第四号」のポイントを明らかにし、実際運営上の問題についても、党中央の見解をのべていきたいと思います。