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第33回社青同全国大会「意義と課題」(案)*2010年10月9日〜11日東京で開催された社青同第33回定期全国大会議案の主要部分。出典は『青年の声』2225号(2010年9月20日)。
はじめに
  「あらゆる面で行き詰まっている」・・・一言で言えばこう表現できるのが今の社会です。
 ある小さな町工場の経営者は次のように述べています。「以前は、『会社をこよなく愛する経営者』と『働きたいまじめな労働者』が多数存在していた。しかし、PCをはじめとした機械化が進むにつれ、そうした仕事を機械が行うようになる。その延長線上にとてつもない金が行き交うマネーゲームが発生し、『金転がし屋』の投機資本家と『保身に汲々としている』雇われ経営者、そして『まじめに働くことがアホ臭くなってきた労働者』が生まれている。戦後日本の資本主義社会が何とかうまく機能したのは、お金が『辛苦の労働の対価』と信じられたから。労働よりも効率のよい『お金儲けの方法』があると思った時点で資本主義社会は行き詰まる。いま、大切なことは『正直者がバ力をみない』世の中にすることだ」。今まで資本主義社会を支えてきた人たちでさえ、このような「行き詰まり」を抱く様になっています。
 では、私たち労働者は、今の社会でどのような状態に置かれているのでしょうか。
 2008年のリーマンショックを引き金とした経済不況以降、景気が底を打つ状態が続いてきましたが、現在は徐々に上向きとなり、企業の収益力は回復しています。一方で、先行き不透明な状態から設備投資は一向に上向かず、雇用や賃金の改善が進んでいないのが現状です。また内需不振も深刻化を極めており、2010年6月の完全失業率は5・3%と4ヵ月連続の悪化、有効求人倍率は0・52倍に留まっています。そのなかで、「外需先行」や「減収増益」とならざるを得ない結果です。業種間・企業規模間・地域間などの格差も拡大しており。中小零細企業の倒産件数は、2009年より「月400〜500件」で横ばいが続いています。
 また、7月に行われた参議院選挙は、民主党が敗北、自民・みんなの党が躍進し与党議席が過半数を割り込む結果となりました。昨年の衆議院選挙で政権交代を果たした民主党でしたが、実際に政権が交代しても「私たちの職場や生活は何も変わっていない」という労働者の思いがこうした結果を招いたと言わざるを得ません。
 現在、あらゆる職場において「効率化」が求められるなかで、「非正規化」「民営化」といった流れが拡大し、その数は労働者全体の3割を超えるまでに至っています。その結果、労働者間における「格差」拡大と同時に、お互いの「対立」「分断」に拍車が掛かっています。
 一方で、労働運動・社会主義運動の後退と相まって、私たち社青同も「組織存亡の危機」を招くところまで後退を余儀なくされています。
 この間、社青同は「正規・大単産」を中心に組織拡大が行われてきました。しかし、非正規化・民営化の流れが加速し、生産の中心点の移行につれて「運動の後退・縮小」が進んでいます。社青同は、原点に立ち返り「なぜこうした状況が起きているのか」を分析しなければなりません。このような現状は、個人の意思や思いによってではなく、経済的な諸関係が原因となって起きています。労働者の生活・職場の実態、労働運動、社青同運動の現状の背景には、その事実を引き起こす、その事実に至らせる資本主義社会の構造・運動法則があります。それらを学習と交流を通じて明らかにすることが私たちに課せられた喫緊の課題です。
 また、前期より戦線の拡大に向け、専従者の積極的配置と『青年の声』活用の活性化を目的に「同盟費の値上げ」と「専従者配置基金の創設」が行われましたが、思うような状態には至っていません。
 私たちが今後どのような視点を持って運動を行うかが問われますが、それを確立するにあたって、まずは現在の状態が「どうなっているか」を、正確かつ相対的な視点から明らかにすることが必要です。
労働者の窮乏化の現状と社青同の位置
 資本の過剰化の一方で、労働者の窮乏化も進んでいます。日本銀行の統計によると、企業の手元資金は2010年3月末で202兆円と、1980年以降で最大になるまでに膨らみ続けています。他方、1990年代後半から労働者世帯の所得は減少しており、年収300万円以下の所得者は、給与所得者全体の約4割に増加し、生活保護世帯の数も増大しています。こうしたなかで、民間職場に限らず、公務職場における労働者も、儲けを生み出す「手先」となって駆り出されています。
 公務職場では、社会保険庁改革による社保庁解体、農水省改革による組織改変、市町村合併が推し進められ、民間委託や市場化テストの導入が行われてきました。
 一方で、不況の下で効率化や合理化が進んだことで、あらゆる部門で抱える矛盾が増加し、行政に求められるものもこの間に増加しています。その結果、「市民や社会に求められている」ことと「当局が繰り出す施策」とのズレが生じています。この社会における行政の役割のひとつとして、資本主義社会において発生する矛盾を吸収し、スムーズに社会を動かすための「クッションの役目」があります。加速度的に変化する社会の流れがある一方、行政組織のあり方が追いつかず、結果としてギャップが拡大しています。
 また地方自治体では、行政として生き残りを図るために、事業計画に無理があっても進めていかざるを得ない状態が生まれています。その結果、「仕事の意味や意義」を考えられなくなり、いかに自分の仕事をこなすかに視点が向けられるなかで、自分のことで精一杯、自分さえ良ければ・・という状態になっています。
 また、自分の業務をまわすことが唯一の物差しとなるなかで、「生産疎外者」を仲間うちから排除したり、労働者がお互いに関わり合うことを避ける現象が進んでいます。その結果、「隣の仲間が何時まで残業しているのか」や「どんな仕事をしているのか」すら分からず、深刻な状態になって初めてサービス残業や精神疾患に気づき、時には「自殺」という事態にまで進んでも周囲が気づかないということも起きています。仕事のやりがい、仕事の意義や方向性を考えること自体ができないなかで、矛盾が「今までには考えられない事故・ミス」として現れることもあります。
 また民間職場においては、分社化・子会社化・派遣・請負などによる不安定雇用の拡大など、生き残りを掛けた際限のない競争が行われ、まだ目標管理などによって成果主義が徹底されつつあり、コスト意識の高まりと同時に「仕事ができない仲間に目が向く」ということも同様に進んでいます。私鉄職場においては、少子高齢化・規制緩和の流れのなかで「減収減益」を余儀なくされ、中小では相次ぐ路線廃止や会社再建の流れが加速し、大手においても、分社化・子会社化による経営の効率化が進められています。そうしたなかで労働者の働き方も個別化が進み、周囲の状況より自分の業務遂行のみに傾注される事態も進んでおり、その結果「事故・ミス」も後を絶ちません。
 また、公務員・大単産職場においても「非正規化」が進み、「直営堅持・人員削減反対」のたたかいが行われてきました。しかし、「直営堅持」を追求するあまり、たたかいが「正規職員を守る」手段と化してしまい、そのことが、皮肉にも 「非正規化」を進める結果に繋がってしまいました。例えば、「官製ワーキングプア」と呼ばれる状況が実際に目の前で起きていますが、それに対する反応は出されていません。
 また職員による「不祥事」や「事件」も後を絶たない状況があります。ある自治体職場では「先日、コピー機購入の入札を行ったが、K社の製品は評判が悪く、故障が多いという話があり、K社のコピーが導入されると、担当者である自分の苦情や対応の依頼が増えてしまう。開札した時点でK社が1番となっていたので、今まで導入していたR社に電話をし、K社より安い金額を教え、R社に落札させた」ということが日常的に行われていることも明らかになっています。
 現在、「公務員バッシング」が拡大しています。その背景には「官・民」「正規・非正規」の間の実質的な格差に加え、お互いの意識の違いがあります。そうした「意識の違い」がなぜ起きているのかも考えなければなりません。
 私たちは、学習と交流を通じて、職場で起きている事態と社会の動きとの関連を明らかにし、労働者と資本の対立が貫かれているという認識を、「官と民」「正規と非正規」といった立場を超えて共有し合うことが求められています。
班・委員会活動の強化
 委員会討論をはじめとする組織活動は、職場で起きている実態をつかみ、そこから考え合うことでしか前進しません。同盟員や仲間の実態、職場の状態を持ち寄り、主体性を確立する討論と学習を実践する場が班や支部・地本で行う「委員会」であり、運動と組織を一体のものとして、より丁寧に班・支部・地本の討論を深めていくことが組織強化の第一歩です。
 しかし、委員会への結集は、全体として停滞傾向にあります。背景には、職場における業務量の増大、広域配転による集まること自体の困難さといった物理的な障壁さと、合理化による結集意欲の低下、労働運動や「委員会活動」に対する閉塞感といった意識の変化も存在し、委員会討論に向うにあたり「気分が重い」という現状も率直に語られてきました。
 そして、何よりも「社青同の委員会討論で何を報告しまなび合うのか」といった意識が希薄になっています。それは、社青同の同盟員の多くが「正規労働者」であることに起因しています。資本主義の発展により、資本蓄積のために大量に生み出された非正規労働者が、不安定な雇用体型と低賃金による生活苦のため、社会の矛盾に葛藤やぶつかりを感じている一方で、正規労働者はこれまでの賃金水準や既得権を守ろうという気持ちを持つようになっています。このなかで、職場の事実(とくに外部に出せない事実)を隠し、「委員会に参加しない」「委員会に持ち寄る報告がない」といった現象に繋がり、昨年は中央委員会が成立しない事態も発生しました。
 「まなびたい」という青年が職場に存在している一方で、同盟員自身が「仲間を増やそう」「一緒に成長しよう」、そのために「加盟してもらおう」となっていない現状もあります。「これ以上青年部の任務に追われるのは大変」「職場・地域に班や支部、先輩がいないから関わりを継続できない」「金がない」といったことで、「学習会には参加するが加盟はできない」と加盟に躊躇する仲間と、一方で加盟を働きかける同盟員のためらいも存在しています。「学習会はやりたい。でも、社青同に入ってまで何をやるのか・・」、青年の気分やその思い、背景をつかめなければ組織拡大につながらないことは明らかです。
 職場の仲間、同盟員自身の職場実態、その事実の交流、そして、それ以上に仲間が立ち上がらざるを得ない必然性を合理化が生み出していることを明らかにしていくことが班・委員会討論の課題です。
専従者配置に向けて
 社青同にとって労働者と違う位置で事実を集約し、「分析・研究・理論」の任務につく専従者の配置は重要かつ急務です。
 学生班協に同盟員がいなくなったなかで、組織として専従者を配置するには、生産現場である職場に配置されている同盟員を退職させなければなりません。しかし、安定した雇用を求める現在の労働者の実態と同様に、同盟員も今の「安定した」雇用を自ら放棄し、社青同の専従になる決意が全体でできていません。しかも、各地本での組織数が減少するなかで、財政面からも配置が困難となっています。
 では、どうして専従者が配置できないのか。そもそも各地本で専従配置が討論されているのか。この問の専従議論の困難さを総括し、同盟員数が減少するなかでも、専従者を配置できる討論と専従者配置基金のあり方を検討する必要があります。
 また、専従者が配置できないことで、非専従体制の地本が増えているという現実問題があります。専従者配置に向けた討論は継続しつつも、これまでの専従者中心の活動から、非専従体制でも「報告し合い、まなび合う」委員会活動を、どう作っていくかが課題です。
機関紙活動の強化
 『青年の声』は、2009年3月から発行体制を変更し、現在は月2回4面立ての発行を基本としています。
  『青年の声』の第1の任務は、青年の生活と職場での悩みや不満、つまり資本による搾取と抑圧を明らかにし、青年労働者の交流の素材・媒介となることです。そして、それを通じて、職場の実態やたたかいを横につなぎ、まなび合う場を組織することが第2の任務です。また、定期的に配布し、読み合わせ、紙代を集金することは、青年との結びつきを強めるばかりでなく、社青同の組織性と規律性を高めることにもなります。そうした機能を発揮するには、同盟員自身が職場の情勢や班・支部での討論を通信するなど、『青年の声』に集中することが必要です。
 しかし、現実には『青年の声』の活用が十分になされているとは言えない状況もあります。この間の中央委員会でも、機関紙拡大や読者会の報告はほとんどされていません。前回大会を前後して、機関紙活動について議論された際には、「掲載されている報告を読んで、大変な実態だいうことは分かるけど、そこから討論にならない」「それからどうしたのか、と思ってしまう報告が多い」という『声』に対する感想も出されました。また、発行体制についても、「機関紙は内容はともかく発行されてさえいれば良い」「無理してまで発行する必要はない」という声も出されました。こうした声は、端的には社青同の「まなぶ組織」としての力量低下や、同盟員の置かれた職場実態や気分を反映しているものです。
 本部−総局・取継所−分局という機関紙の配布体制は、社青同組織の外形を示しています。また、全国社青同を結びつける交流を組織する媒体は『青年の声』しかありません。機関紙活動の後退は、そのまま社青同の運動や組織の後退を示します。あらためて、「まなぶ組織」である社青同で機関紙が果たす役割を再確認する必要があります。全国大会でも、職場実態の報告・集約とあわせて、『青年の声』についての同盟員の思いや意見・機関紙活動を討論する必要があります。
議案討論に当たって
 現在、社青同組織のあらゆる場において「未結集」状態が続き、事実の集約一討論ができない状態が拡大しており、そこでは社青同に結集することへの「重たさ」があることも共通して言われています。また、職場実態交流や事実の集約が行われても、そこから「どう討論すれば良いのか分からない」つまり討論が深まらず、結果として継続した討論への必要性が低下し、同盟員自身の変化に繋がらないという現状があります。
 社青同はこの間、「生命と権利のたたかい」を通じ、職場での組織拡大を図ってきました。しかし、そうしたたたかいにおいて、モノを取るかどうかが結果に大きく左右したことから、労働組合がモノが取れなくなると同時に運動の縮小をもたらされることになりました。「結果ではなく、物事の背景を見よう」とは言うものの、そうした条件があったことによって「結果重視」という視点から抜け切れなかったことが、今日の状態に繋がっています。
 そうした「結果ありき」の視点が、私たち社青同の作風から抜け切らないために、「ありのままの事実」ではなく、表面的な報告に終始し、都合の悪いことをあえて報告しないといった状況が起きています。私たち社青同は階級的な「ものの見方・考え方」をまなぶ組織です。運動は情勢によって常に変化し、ときには上手く行かないことも多々あります。そうした上手く行かないことや職場での「ミス・失敗」には原因や背景が存在しています。つまり、そうした「負」の部分にもまなぶべきものがあり、それを含めて資本主義社会の全体像が明らかになります。まずは「ありのままの事実」を明らかにし、なぜそういう現象が起きるかを考えなければなりません。そこからあらゆる職場に共通して貫かれているもの、つまり法則を見出しながら、共通の視点を身につけ、攻防点・課題を明らかにすることが必要です。それぞれの職場で様々な事態が起きていますが、その奥には「資本主義社会のシステム」が内包されています。それをどう分析し、攻防点を見出すかが私たちに課せられた課題です。
 これらを実践するなかから、私たちにとって社青同とは何なのかを考え直すことが必要です。
 全国大会に向けた総括を行っていくに当たり「報告し、集約し、まなび合う」との委員会制度の優位性をそれぞれが再認識し、一人ひとりの同盟員の状態を検証しながらともにまなび合うことが求められています。
 大会では、第1に、職場で起きているありのままの事実や、仲間の実態、同盟員の思いを出し合い、集約し、そこから労働者階級の窮乏化かどのように表われているのかを明らかにし、情勢認識を共有化することが必要です。
 第2に、共闘運動の現状と青年との結びつきに向けた実践を検証することです。
 第3に、細織の現状についてです。組織の状態や機関紙活動の状況、またそのことについて討論されてきた内容を集約し、困難な情勢の下で社青同組織を「どのようにしていくのか」の討論を深めなければなり・ません。
 そして、第187回中央委員会において、『専従者配置に向けて』の提起が行われています。今一度、各地本での専従者配置に向けた情勢とあわせて「同盟員自身にとって社青同とは何なのか「社青同で何をまなぼうとしているのか」そして 「社青同をどの様にしていくのか」ということについて、全体で討論を深めていくと同時に、専従者配置基金の地本交付金額の変更 (現行○○万円から、○○万円へ増額し、2010年9月から実施)についても討議し決定します。
 最後に、議案書だけで全国の同盟員の状態を網羅することはできません。議案内容の不十分な点も含めて、全国の同盟員の総括運動を通した大会討論で補強していくことを要請します。
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