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社青同第35回大会決定・基調(2)
 
国境超え組織される競争と合理化
 日本独占は1970年代からアジアへの直接投資を拡大し、生産拠点を展開してきました。この流れは1985年のプラザ合意移行の円高を背景に急激に拡大します。日本国内の合理化はアジアへの資本輸出と密接に関連しています。日本企業はアジアの低賃金労働力を生産体制に組み込み、それを国内の職場・労働者と競い合わせることで競争力を強化してきました。さらにアジアでも生産拠点の移動・再配置などを通じて労働者どうしの競争を煽ってきました。いまや日本の製造業の海外生産比率は20%に迫り、輸送機械に限れば約40%に達しています。日本企業がアジアで雇用する労働者数は300万人を超しています。独占は国内の各職場・労働者や下請けに「高付加価値化」を求め、それに耐えられない部門や企業をアジアへと押し出したのです。
 日本企業の投資による経済発展は、アジア諸国の産業構造を激変させました。第1次産業から第2次産業・第3次産業への移行が急激に進み、資本投下を受け入れた国とそうでない国、受け入れた地域とそうでない地域の格差を拡大します。社会の急激な変化は貧富の格差を拡大させ、アジア諸国の政治・経済を不安定化させます。近年は日系企業を中心に中国やインドなどで労働争議が頻発し、タイやインドネシアでは政変が繰り返されています。
 
 さらに、貧困を背景にした民族独立運動や内戦や海賊行為が拡大しています。領土や資源をめぐる国家間の小規模紛争も発生します。日本の国内市場が狭隘化する一方、日本独占は市場をアジアや中南米やアフリカなどの「新興市場」に求めようとします。商品を売るにはそれらの国々に日本の商品を購買する能力のある層を作り出さねばなりません。これも、「新興市場」と呼ばれる諸国での貧富の格差を作り出す一因になります。
 かつて、レーニンの時代、帝国主義諸国は排他的にその地域の経済や政治を支配する植民地を持っていました。市場や資源をめぐって植民地の再分割のための帝国主義諸国間の生き残りをかけた総力戦の生起が不可避でした。
 現代は帝国主義諸国間、そして発展途上国でも各国の資本・商品が相互に浸透し、植民地の再分割をめぐる戦争が発生する経済的条件はなくなりました。しかし、帝国主義諸国は自らの資本投下が発展途上国で引き起こす様々な不安定要因を「力と対話」で抑えつけています。軍事力で言えば、発展途上国の軍隊も組み込む形で各国が共同でPKO活動や内戦後の復興、治安維持、災害対策、海賊対策、シーレーン防衛などにあたります。自衛隊はこれを「多様な事態への対応」「グレーゾーンへの対処」と表現しています。中国にさえ「不透明な軍拡をやめて、大国としての役割を果たせ」と呼びかけています。
 
 また、抵抗する国・政権・勢力に対する軍事力の行使も行われてきました。帝国主義諸国は、貧困や矛盾のなかで立ち上がる民衆を「テロリスト」と呼び、武力による掃討の対象としています。つまり、現代の戦争は帝国主義諸国間で行われるのではなく、帝国主義諸国の軍隊が発展途上国の軍事力も組み込みつつ、発展途上国で立ち上がる民衆に対して武力を行使するものになっているのです。しかし、こうした武力の行使にも限界が見えています。イラクやアフガニスタンでは民間武装勢力が大きな力を持ち、国内は安定とはほど遠い状態です。シリアやリビアでも帝国主義は国内の反体制派を支援していますが、内戦は激化の一途を辿っています。ソマリアやインドネシアでの海賊対策でも、海賊行為そのものは封じ込めても、その根本にあるこれらの地域の貧困や格差などが解決できない限り、別の形で矛盾が噴出せざるを得ません。日本政府が問題視する中国の「軍拡」も、その条件となっている中国の急激な経済発展はそもそも日本をはじめとする帝国主義諸国による資本投下によってもたらされたものです。帝国主義は自らの経済活動がもたらす矛盾の解決のために軍事力を不可欠としていますが、いまやその支配は行き詰っています。
 
 資本の国際的な再編によって生み出された大量の失業や低賃金労働は青年の生活を直撃します。欧米でも中南米でもアジア・中東でもアフリカでも、青年たちが自らの不満や怒りを様々な形で爆発させています。それはときには労働運動という形を採ることがあれば、街頭での大規模な集会・デモなどといった示威行動、反戦平和運動、海賊行為、民族独立運動、武装闘争などその国々の条件によって様々な形態を採り、ときに帝国主義によって「テロリスト」呼ばわりされることもあります。暴力装置である軍隊や警察は、噴出する矛盾や不満を様々な形で抑えつけようとしています。
 資本が国境を超えて競争を組織し、搾取を強めるなかで、青年労働者も国境を超えて連帯を強めることが必要です。「万国のプロレタリア団結せよ!」という『共産党宣言』の結語にもあるように、国際主義は社会主義者の運動の基調です。
 
混迷する政治状況
 財政難への対応は、日本政治の大きな争点となり続けてきました。国と地方の長期債務残高は1980年度にはすでに118兆円となり、その解消のためとして行財政改革が始められます。にも関わらず長期債務は増加を続け、2013年度末には977兆円に達しています。景気対策や社会保障費の増大で一般歳出は増え続けているにも関わらず、税収が減少していることが国債の発行を増加させてきました。
 国債の発行は、国が「カネ余り」の銀行から借金し、それを公共事業などを通じて内需や消費の拡大に結びつけるという性格を持っています。過剰になる資本の側から、過少になる消費へと資金を移動させてバランスをとる政策ですが、それが自治体や国の借金として積み重なる仕組みになっています。
 
 国や自治体が過剰資本を引き受けた結果としての財政赤字が、「公務員が働かないから財政赤字が減らない」「民間並みの労働条件を」などといった公務員バッシングへと転化され、官公労の労働運動に重圧としてのしかかっています。
 独占による搾取の下で不安定化する人々の生活は、1980年代には反消費税で社会党の地すべり的勝利、1990年代には自民党の敗北と政権交代、その後の自社さ連立政権の発足、2000年代の自民・公明の連立政権による規制緩和路線など、政治に大きな変動をもたらしました。公務員制度改革が政治の争点の一つとされ、人々の不満が独占資本の搾取や自民党の政策ではなく公務員に向かう状況は、「みんなの党」「維新の党」などの政治勢力の伸張・拡大へとつながりました。
 
 独占資本が小選挙区制の導入とあわせて政権交代を担える二大政党制を希求するなか、社青同が長らく支持・協力関係を持ち、強化の対象としてきた日本社会党は解体し、民主、社民、新社会の各党に分かれました。同盟員の所属も各党に分かれ、さらに近年では、社青同の同盟員が各種の選挙闘争に関わらない状況も拡大しています。同盟員の間にも「選挙闘争をやって何になるのか」「選挙では何も変わらない」「仕事や組合任務があるなかで選挙闘争まで手が回らない」といった気分が蔓延しています。
 民主党政権が2012年の総選挙で敗北を喫した後、自民党・安倍内閣は比較的高い支持率を背景に、労働法制の規制緩和を通じた搾取強化、アベノミクスと称するばら撒き政策による独占資本への利潤の保障、集団的自衛権の行使容認をはじめ自衛隊の再編・強化策を進めています。
 
 「一つの階級を圧迫できるためには、その圧迫される階級に、少なくとも奴僕的存在くらいは保っていけるだけの条件が確保されていなければならない」とマルクスは述べました。いまや、日本独占とその政治的代表者たる自民党は、日本の労働者階級に「奴僕的存在」さえ保障できない状況です。アジア諸国の発展の一方で日本経済は行き詰まり、政府・独占は労働者の搾取を強めようとしています。「かれら(資本家)は支配する能力をもたない、なぜならかれらは、その奴隷に奴隷制の内部においてさえ生存を保証する能力をもたないからであり、またかれらが奴隷から養われる代わりに奴隷を養わねばならない状態にまで、その奴隷を落とさざるをえない」(『共産党宣言』)。
 私たちは、混迷する政治情勢に対して、労働者の政党の建設・強化を対置しなければなりません。資本主義社会を変えるには、労働者の立場に立ち、その力を結集する政党が必要です。1997年の全国大会では、同盟員が「それぞれの位置で政党の強化に努力する」ことが特別決議として決定されました。この間の政治決戦で得られた教訓をもとに今後の前進に向けた総括を進めなければなりません。
 社青同にとって社会主義政党の強化・再建は、個別の選挙のたびに一時的に選挙運動に関わることを繰り返すことだけではありません。青年労働者の積極的な組織化を進め、社会主義をまなぶ青年政治同盟を強化することこそが、長期的に見れば社会主義政党の再建・強化につながります。
 
社青同運動の再建・発展に向けて
 冒頭に述べた「社青同とは何か」「社青同で何をするか」という同盟員の疑問に対し、地本同盟員学校、社会主義ゼミナール、さらに班会をはじめとした日常的な学習や議論を通じて答えを指し示そうという努力が続けられています。
 K地本では今年に入って3回の地本同盟員学校を開催しました(うち1回はブロック青年政治セミナーとあわせての開催)。古典の考え方に触れ、先輩から社青同の歴史や過去の取り組みをまなび、職場で仲間作りをするうえで何をすべきか、労組役員として労働組合の運動を社青同の運動にどう結びつけるかを模索しています。
 
 A地本でも、今年に入って3回の社青同学校を開催し、同盟員の交流と学習の強化を図っています。K地本とA地本に共通するのは、この間、拡大への努力を進めてきた点です。新しい同志を迎えることが、地本役員も含めて社青同という組織や運動についてまなぼうというきっかけにつながっています。
 H地本では、支部で『青年の声』読者会や「経済学入門」の学習会が取り組まれ、そこに青年への結集の呼びかけが行われています。読者会に継続して参加していた県職の青年に『声』の購読を呼びかけ、異動するまでの3カ月ではありましたが、有料で取ってもらえることになりました。また、読者会が反核平和の火リレーの地区実の強化にもつながっています。
 
 このH地本では専従者が退任した後、しばらく財政活動や地本委員会の開催ができない時期がありましたが、各支部・班での努力がもとになり、今では月に一度の地本委員会が開催されています。こうした自信から、地本委員長を務めるK同志は、自分が働く自治体職場で、遅くまで残業している新採の女性に「これ、色んな職場のことが載っているから面白いよ」と『青年の声』を手渡したり、平和友好祭の県祭典で青年部役員に加盟を呼びかけています。K同志は地域で県職労の先輩や青年との「経済学入門」の学習会にも参加しています。
 その後、K同志は「『青年の声』を渡したYさんを自宅に呼んでバーベキューで交流した。『青年の声』の感想を聞くと、まだ読んでいないということでちょっとがっくり来た。でも、積極的で明るく、元気に働いているように見えるYさんが、残業を繰り返しても終わりの見えない仕事に疑問を持ち始めていることも確認できた」と報告しています。
 
 K同志がYさんに『青年の声』を手渡すきっかけになったのは、K同志自身がこの4月の異動で残業の多い部署に異動したことです。新規採用にも関わらず会計検査にあたったYさんは毎日のように終バスの時間まで働いていました。同じく会計検査の準備で遅くまで残っていたK同志が職場を見渡したところ、Yさんが毎晩遅くまで働いていることに気付き、『青年の声』の取継所を担当している先輩同志から渡されていた拡大紙を手渡したという経過です。
 今の職場・労組の現状では、かつてのように仕事は定時で切り上げて管理職に返そう、残業は絶対にしない、労働強化にも協力しないといったたたかいは困難かも知れません。しかし、K同志のようにおなじ職場で働く青年や、地域でともに活動する仲間に『青年の声』を手渡し、あらためて職場実態を振り返ろうと呼びかけることはできるはずです。
 
 『青年の声』を拡大できないという取継所・分局の担当者の声もあります。地区実に青年部の仲間が結集し、職場・労組に多くの社青同の先輩もいる支部・班で1部でも『青年の声』が拡大できないのがなぜなのか。たんに「仕事が忙しい」という表面的な言い訳ではなく、『青年の声』を拡大できない気分・状態を明らかにする議論に、社青同運動を仲間に広げる上でのヒントがあります。労組・青年部で役員を務めること自体が同盟員の任務ではなく、労組・青年部で影響力を強め、それぞれの条件に応じて何ができるのか、労組・青年部の運動をどう社青同運動・社会主義運動に結びつけるのかを模索することが必要です。
 青年共闘運動は、社青同が広く青年労働者や職場・社会の事実を集約する貴重な機会です。単に運営のことだけ考えていたら、せっかくの団結集会、平和友好祭、反核平和の火リレーはイベントで終わってしまいます。同盟員として青年共闘でどう仲間たちと関わり、組織するかを委員会討論を通じて意識することなしには、青年共闘運動を「社青同の生命線」とすることはできません。
 
 中央委員会は、職場・労組・地域で先頭に立って組織拡大や運動の前進に向けて奮闘する同盟員の努力を集約し、次のたたかいへと歩みを進める場です。中央委員を選出するにあたり、近年は「地本や班で討論する機会がないから、若手の同志に中央委員会でまなんで来てもらおう」という状況が見受けられます。しかし、単に職場実態を持ち寄り、報告し合えば社青同の議論になるわけではありません。若手同志の中央委員会の参加は、討論を中央委員会にまる投げするのではなく、少なくとも地本や班の運動の再建・強化とセットでなければなりません。
 各職場で起きている合理化の進行や、その下での労働者の実態を集約することで現代の独占資本の全体像が明らかにされます。職場の事実や同盟員の努力、地本・班・支部での討論を中央委員会に持ち寄り、同盟員や組織がどこでぶつかっているかを明らかにすることから、委員会討論の活性化を図りましょう。
 
古典学習と機関紙活動を柱に組織建設を
 ただし、はじめに述べたように、ただ実態・事実を集約するだけでは青年が社会主義思想を獲得することはできません。『空想より科学へ』の冒頭に「近代社会主義は、その内容からいえば、なによりもまず、一方では今日の社会にある有産者と無産者、資本家と賃金労働者の階級対立を、他方では生産における無政府状態をみた上で生まれたものである」と記されています。私たち社青同もあらためて職場で同盟員や仲間が「おかしい」と感じることは何かをさぐり、それを学習と議論を通じて資本主義批判へと結びつけ、社会変革の第一歩としなければなりません。そのなかで、科学的社会主義者へと成長することが求められています。職場での働き方に合理化がどう反映しているのか、同盟員や仲間がどのような思いを持ち、どのように対応させられているのか、そこで交流をどう組織し、仲間とどう関わっているのか。仲間から発せられる声や仲間の様子を、同盟員だけで想像し合うのではなく、実際にその声や実態に切り込み、その結果や思いを報告することが、班・委員会活動を活発化させます。
 社青同は第4回大会で「改憲阻止・反合理化」を運動の基調に据えました。そこで提起されたのは、単に憲法の「条文」や「理念」を擁護したり、個別の合理化施策に反対することにとどまりません。改憲策動や合理化に対し、その背景を資本主義社会の動きと結びつけて提起し、憲法や労働条件を守る運動に、社会主義を展望する「質的な変化」を呼びかけるものでした。
 
 このなかで、社青同は労働運動と社会主義運動の融合を目指し、古典学習を組織活動の中心に位置付けました。資本主義社会の仕組みを明らかにするマルクス・エンゲルス・レーニンの理論の学習をもとに、労働者の職場での葛藤や悩みのなかに社会主義の展望を見出すことが課題です。各ブロックで開催されている「青年政治セミナー」や、地本での社会主義ゼミナールなどをきっかけに、学習活動のいっそうの発展を目指さねばなりません。
 しかし、労働運動が「後退」し、モノが取れないなか、労働組合や社青同の運動に展望がないことを訴える同志も少なくありません。労働組合や青年部の役員を担う同盟員が、労働組合に向けられる仲間からの不信にさらされ、自信を失う事態も起きています。
 社青同内での労働運動に対する評価には、「資本主義経済の行き詰まりのなかで力を発揮できない労働組合の運動を一生懸命にやっても仕方ない」といったモノ取りの裏返しとしての召還気分や対応だけに追われる役員を揶揄する気分がある一方、ナショナルセンターの権威と論理に一方的に寄りすがって既存の労働組合とその運動を没主体的に正当化する論調もあります。
 
 レーニンはロシア革命の後、『共産主義における左翼小児病』において以下のように述べています。「プロレタリアートの革命的な党が成長し始めたとき(略)労働組合は、どうしてもある種の反動的性格、ある種の同業組合的な狭さ、ある種の政治的中立主義への傾向、ある種の沈滞、等々をあらわしはじめた。だが、労働組合を通じる以外に、労働組合と労働者階級の党との相互作用を通じる以外に、世界中のどこにも、プロレタリアートの発達はおこらなかったし、おこることもできなかった」「労働組合は、プロレタリアがその独裁を実現するためにぜひとも必要な『共産主義の学校』であり、予備校であ」る、と。
 社会主義者の組織にとって労働組合との結びつきは欠かせません。それは学習を通じて青年労働者の科学的社会主義者としての成長によって勝ち取られるものであり、労組内でのフラクションの形成とは本質的に相違するものです。また、労組の権威・論理・方針に一方的に追従する姿勢も、社会主義運動と労働運動の融合を生み出すことはできません。
 
 さらに、「共産主義者は、労働者階級の直接当面する目的や利益を達成するために闘う。しかし、共産主義者は、現在の運動のなかにあって、同時に運動の未来を代表する」「かれら(労働者)の闘争の本来の成果は、その直接の成功ではなくて、労働者の団結がますます拡がっていくことである」(『共産党宣言』)という言葉も忘れるわけにはいきません。
 学習だけが社会主義の組織を作り上げるわけではありません。レーニンはプロレタリアートの規律がいかに作りあげられたかについて「第1にプロレタリアの前衛意識、革命にたいする献身、その忍耐、自己犠牲、英雄主義によってである。第2に、彼がきわめて広範な勤労者の大衆、まず第1にプロレタリア的勤労大衆と、だがまた非プロレタリア的勤労大衆とむすびつき、彼らに接近し、必要とあればある程度まで彼らととけあう能力によってである。第3に、これらの前衛が行なう政治的戦略と戦術の正しさによってである。ただし、これはもっとも広い大衆が自分の経験にもとづいて指導の正しさを納得するという条件のもとでである」と述べています。これらはとても困難な課題に思えます。しかし、レーニンが述べたこと、ロシア革命のなかで労働者がこなしたことを少しでも実現しようと私たちが努力しなければ、労働組合の強化も、社青同の強化も、ひいては社会主義政党の再建もあり得ません。新しく専従者を配置し、社青同の組織全体で困難な課題にあたらなければなりません。
 
 その活動の中心には機関紙『青年の声』があります。レーニンは「問題の核心は、全国的政治新聞以外には、強力な政治的組織を育てる手段がないことにある」(『なにをなすべきか』)と述べています。資本主義社会である限り、合理化は際限なく続きます。この社会を変えるしか労働者が生きる道はありません。そして、社会を変えるには、マルクス主義で武装した労働者の組織が必要です。そういう思想を持った労働者の組織が必要だという思想性が必要です。
 レーニンは全国的政治新聞についてさらに以下のように述べています。「共同の新聞は、多種多様な活動の成果を総括し、それによって、すべての道がローマにつうじるように革命につうじている数多くの道のすべてに沿って倦むことなく前進するよう、人々を駆り立てる唯一の規則的な全国的事業」であり、「新聞を配布するという機能だけでも(中略)、実際上の結びつきをつくりだしはじめるであろう」「それは、新聞の配布だけでなく、また経験や資料や人手や資材の交流をも保障するであろう。組織活動の規模は一挙に何倍にもひろがり、一地方でおさめられた成功は人々をはげまして不断にいっそうの改善に向かわせ、国の他の地点で活動している同志がすでになしとげた経験を利用したいという願いをおこさせるだろう」…。
 
 合理化と搾取の強化の影響は青年労働者にしわ寄せされています。正規雇用なら、大企業・官公労なら恵まれている、何とか生き残れる…そういった感覚は捨てなければなりません。同盟員から報告される「労働組合にも入らず、仕事に没頭している新人」の姿は、労働組合運動の意義を理解しない反動的なケシカラン若者の姿ではなく、厳しい生き残り競争を必死で生き抜こうとする青年労働者のありのままの姿です。そこに正面から向き合うには、社青同での議論が欠かせません。
 現代社会には、「公務員が悪い」「正規雇用が悪い」「働かない仲間が悪い」「教育が悪い」「政治が悪い」「外国人が悪い」「マスコミが悪い」「サヨクが悪い」など、青年たちの不満を階級対立という事実から逸らせようとするプロパガンダが溢れています。エンゲルスは窮乏化について『エルフルト綱領批判』で「『プロレタリアの数と困窮とはますます増大する。』このことは、そう絶対的にいったならば正しくない。労働者の組織、常に増大する彼等の抵抗は、おそらく困窮の増大をある程度阻止するだろう。しかし確実に増大するのは、生存の不安定さである」と述べています。現実に、青年労働者の生活実態、働かされ方、雇用、職場はますます不安定さを増しています。
 
 資本主義の仕組みの下でもっとも強い搾取を受ける立場にある青年が立ち上がることは歴史的必然です。今は決して多いとは言えなくとも、社青同の戦列に加わる青年たちの姿に社会発展の法則を見出すことができます。私たち同盟員が、全国大会スローガンの通りに大胆に青年を組織する一歩を踏み出したとき、社会変革の萌芽は全国の職場・地域・学園を埋め尽くす奔流となるのです。
 
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