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 社会民主主義とは何か

 
一九九〇年七月二六日
日本社会党・社会主義理論センター
*西欧社会民主主義の立場から社会民主主義概念を整理した文書。出典は『月刊社会党』一九九〇年九月号(第四一九号)長文のため2ページに分けて掲載。   次のページへ    
 
(*この文書は中央執行委員会の諮問を受けて、社会民主主義の一般的考え方を整理したものである)
 
【T】歴史的に規定された社会民主主義の概念
 
1 各国の社会民主主義政党の思想的・理論的源流は同じではない。第二次大戦後の社会民主主義に大きな影響を与えたドイツ社会民主党のゴーデスベルク綱領にはベルンシュタインの理論が色濃く反映しているし、イギリス労働党の歩んできた道にはフェビアン協会の思想的影響が強く見られる。フランス社会党が政権の座につくまで主張していた自主管理社会主義理論の基底にプルードンの思想があったことはよく知られている。このように、社会民主主義の党はそれぞれ独自の思想的源流をもっている。個々の政策や運動の具体的な進め方にいたっては、その国の政治的・経済的・社会的・文化的条件によって各党さまざまであって、時には相互に対立を示すことさえある。これらのことから、社会民主主義について一義的な定義を与えることは困難であるという意見も出されている。 
 
2 たしかに、社会民主主義を掲げる各党の思想的源流や個々の政策を厳密に検討していけば、社会民主主義の単一像よりもむしろ個性あふれる複数の社会民主主義像に逢着するに違いない。こうした作業によっては一義的な定義を与えることは明らかに困難である。だが実は、ここにこそ社会民主主義の持徴がある。そもそも社会民主主義政党は、実現しようとする目的とそれを達成する方法が基本的に一致していれば、それ以上思想的源流の違いや個々の具体的政策の差違は問わないのである。その意味では社会民主主義を掲げる各政党にさまざまな思想的潮流の影響が残っており、個々の政策上の差違がみられるのはむしろ当然のことなのである。
 
3 それでは、このように多様な思想的淵源をもち、それぞれ個性豊かな政策を実成している各党が、その違いをこえてなお共有している性格とは何であろうか。さきに、社会民主主義政党は、実現しようとする目的とそれを達成する手段を共有しているといったが、その目的と手段とはいったい何か。この間いに対する一つの答えは、社会民主主義がその長い運動のなかで歴史的に形成してきた通念によって与えられる。
 
4 周知のように、国際社会主義運動は、第一次世界大戦後大きく二つの組織に分裂した。一つは社会民主主義者の労働社会主義インターナショナル(一九二三年五月結成、通称第二インターナショナル)であり、いま一つはマルクス・レーニン主義者の共産主義インターナショナル(一九一九年三月結成、通称第三インターナショナル)である。この二つの組織は、傘下の党が一九三〇年代フランス、スペインで反ファッショ人民戦線政府運動を行ったさいに共闘したほかは終始、激しく対立しあった。対立の原因は、第二インターナショナルが議会主義と漸進的社会改良による社会主義の実現を主張したのに対して、第三インターナショナルがそれと真っ向から対立する武力革命によるソビエト政権の樹立を主張したことにある。第三インターナショナルは、社会主義世界革命を達成するための指導機関としてレーニンによって創設された国際組織(単一世界党)であるが、第二インターナショナルの議会主義的改革路線を、革命を裏切る日和見主義・改良主義として激しく攻撃した。それに対して第二インターナショナルも、共産主義による一党独裁は社会主義の目的である自由と民主主義を圧殺するものとして激しく反撃した。
 
 5 このように、共産主義との対抗関係のなかで歴史的に形成された社会民主主義は、議会主義と漸進的社会改良によって社会主義の目的である自由と民主主義を実現しようとする運動であったといえる。第二インターナショナルの内部には、オーストリア・マルクス主義にみられるような左翼社会民主主義の潮流もあったが、主潮流の持徴は以上のとおりであった。
 
【U】 社会民主主義とは何か
 
 6 社会民主主義に対する今日的定義は、社会民主主義を掲げる各党が共同で作成した社会主義インターナショナルの宣言のなかから得ることができる。一九五一年、社会主義インターナショナルは創立にあたって『民主的社会主義の目標と任務』と題する宣言(フランクフルト宣言)を採択したが、この宣言は第二次大戦後の社会民主主義がどのようなものであるかを示しており、一九八九年六月に開催された社会主義インターナショナル大会で採択された『社会主義インターナショナルの基本宣言』(ストツクホルム宣言)は、社会民主主義の現時点における到達点を示すものである。以下、これらの宣言によりながら今日の社会民主主義がどのようなものであるかを明らかにしたい。
 
一 基本価値の実現が社会民主主義である
 
7 社会民主主義は、実現すべき基本価値(基本理念)として自由、公正(平等)、連帯の三つを挙げる。政治、経済、社会、文化など人間生活のあらゆる領域で人びとが連帯して自由を実現し、公正(平等)を実現するのが社会民主主義である。
 
8 自由、公正(平等)、連帯は一挙には実現できない。たゆみない民主主義的改革によって一歩一歩実現される。その意味で社会民主主義は「社会と経済の民主化、社会的公正を増大する持続的な過程である」(ストックホルム宣言)。現に普通選挙制、労働三権、社会保障などさまざまな民主的な制度が行われているが、さらに基本価値を実現するための諸政策が実現されることによって社会民主主義的社会編成はいっそう前進していく。永続的なこの過程が社会民主主義を発展させ、成熱させていく。社会民主主義が発展することによって人間解放、人間性の自由な発展が可能になる。
 
 9 社会民主主義は、基本価値を実現するためにどのような政策手段が最適であるかをあらかじめ決めることはしない。その国の政治的・経済的条件のもとで自由や公正や連帯を実現するうえで最適な手段を選択する。従って基本価値を実現する運動は国によって当然異なることになる。イギリス労働党はかつて国有化政策を実行したし、ミッテラン政権もその初期に国有化政策を行ったことがある。西ドイツ社会民主党は、「同権にもとづく参加」という社会民主主義の基本路線にたって企業レベルだけでなく社会レベルにおいても共同決定を追求している。「民主的社会主義をめざす各国のたたかいは、政策面での相違と立法措置での違いを示すであろう。それらは歴史の違いとさまざまな社会の多様性を反映するであろう。社会主義は、もはやそれ以上の変革も改革もできず、発展させることもできない最終的で完成された社会主義の青写真を持つ、などとは主張しない。民主的な自主決定をめざす運動には、各人と各世代が独自の目標を設定する以上、常に創造のための余地が存在する」(ストックホルム宣言)のである。
 
10 これに対して、ソ連型社会主義では社会主義を実現する手段は最初から決められていた。議会主義を否定するプロレタリアート独裁(共産党の一党独裁)と市場を追放する中央集権的計画経済が社会主義を実現する政治的・経済的手段であった。長期にわたる実験の結果、この社会モデルは無惨にも崩壊した。プロレタリアート独裁が社会主義の目的である自由と民主主義を圧殺し、中央集権的計画経済が国民経済を破局的停滞に導いたのである。ソ連、東欧では共産党一党独裁と中央集権的計画経済が放棄され、複数政党制と市場経済の導入が決定された。手段が目的の達成をさまたげるとき、その手段が放棄され、別の手段が選択されるのは当然のことである。
 
11 社会民主主義は、一つの完成された社会モデルを描くことはしない。基本価値を実現する手段は多様であり、基本価値を実現する運動は永続的であって完成した社会モデルを描くことはできないからである。民主的な経済制度や社会制度ができることによって公正(平等)が前進した、とする。それは明らかに社会民主主義の発展である。しかし社会民主主義は、いくつかの民主主義的な制度ができたからといって完成することはない。さらにより多くの自由、より進んだ公正をめざして運動が進むからである。
 
12 人間生活のあらゆる領域で自由、公正(平等)、連帯を実現するためには、人びとの積極的な参加がなによりも必要である。その意味で「参加と民主主義」は社会民主主義の基本路線である。社会民主主義は「最高の形態における民主主義」(フランクフルト宣言)であるといわれるゆえんである。
 
二、政治的民主主義を確立する
 
13 政治的民主主義は社会民主主義の前提条件であり、実現すべき目標である。
 
14 政治的民主主義を発展させていくためには、つぎの諸条件が必要である。
 (1) 思想、信教、学問の自由。
 (2) 集会、結社、言論、出版その他あらゆる表現の自由。
 (3) 居住、移転、職業選択の自由。
 (4) 個人の尊厳と両性の平等。
 (5) 人種、信条、性別、社会的身分、門地による差別の禁止。
 (6) 普通選挙権による自由な選挙。
 (7) 複数政党制。多数党による政府と少数党の権利の尊重。
 (8) 独立した司法制度。公正な裁判所で公判を受ける権利。
 (9) 自分自身の言語による集団の文化的自主性。
 (10) 国連総会で採択された世界人権宣言の遵守。
 
15 政治的民主主義の行われているわが国では、憲法の規定によって国会が国家権力の最高機関である。普通選挙権をもつ国民の自由な意思によって選ばれた国会議員が、国民のさまざまな意見や利益を代表して討論し、法案の採択をつうじて国民の最高意思を決定する。国民の多元的な意見や複雑な利害が国会で調整され、国民生活のあり方が決定されていくのである。
 社会民主主義政党は国民の最高意思が決定される国会を重視し、基本価値を実現するために必要な諸法案の国会通過のために努力する。日常的な政策形成活動、法案提出と徹底的な審議、法案の成立とその実施、これが議会主義を基本路線とする社会民主主義政党の中心的活動である。
 
16 わが国のように国会で多数を占めた政党が内閣を組織できる国では、国会をつうじて政権を獲得することができる。従って社会民主主義政党は、国会選挙で国民の多数の支持を得て政権を獲得し、社会民主主義の基本価値を実現するための諸政策を実施する。政策が国民の支持を失い、選挙で過半数の議席を得ることができなければ、当然野に下って捲土重来を期する。
 
17 このように議会制民主主義のもとでは、国家権力を組織するのは結局は国民である。国民が国会議員を選び、国会の多数派が内閣を組織し、内閣が裁判官を任命するからである。現代国家はその意味でまさに民主主義国家であって階級国家ではない。自由民主主義政党が国会で多数を占めれば、国家は財界の意向に沿って機能することが多いであろう。逆に社会民主主義政党が多数を占めれば、国家は勤労国民の利益のために機能することが多いであろう。民主主義国家は国民の選択の結果、このように大資本の利益を反映することもあるが、勤労国民の利益を反映することもある。もはや大資本の階級支配のためだけの国家ではない。それは社会民主主義運動、労働組合運動が長年の苦闘の末に獲得した国家でもある。これらの運動によってかちとられた政治的自由と民主主義のおかげで、社会民主主義政党は現代国家に参加し政権政党になることができるのである。このように、現代国家はもはや一部の経済的強者のためだけに機能するのではなく、社会保障制度の発展に端的にみられるように国民のなかにある貧困と不平等をとりのぞくためにも機能する。現代の民主主義国家は、自由な選挙権を行使し、平等に政治に参加した成年男女によって形成されたものであり、それゆえ、国民的利益に奉仕することがその任務でなければならない。
 
18 とはいえ、現代日本国家の中枢を形成する官僚機構には、長期にわたって政権を独占してきた自由民主主義政党と財界の強い影響がみられる。政府が組織する各種審議会も自由民主主義政党と財界の政策推進機関となっている。官僚機構の民主化と各種審議会への国民参加がきわめて不十分なのである。社会民主主義勢力の力量不足の結果というはかはない。
 
19 権力の集中は、民主主義の実現をさまたげる。民主主義の発展のためには集権化された権カを分権化することが必要である。分権が進めば進むほど人びとの政治参加は容易になる。自治と分権によって政治的民主主義は前進する
 
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