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社会主義協会第六回総会文書
*出典は『社会主義』1964年4月号  運動方針へ  
 昨年十月二四、二五、二六日の三日間、静岡県伊東市において、社会主義協会第六回全国総会が開催された。ここに掲載する一般経過報告は、この総会で承認されたものである。
 運動方針については、総会第二日目に開催された三つの分科会(憲法闘争、反合理化闘争、社会党強化と社会主義協会の性格と任務)でだされた意見を参照して、中央委で最終決定することになっていた。さる二月十四、十五日の第二回中央委で、憲法闘争に問する項(草案の一四頁)のうち、「@このため、中央においては、総評の提唱する護憲センターの質的強化と量的拡大のため先頃にたつ」という点を、「@このため、中央において、協会の主張する改憲阻止国民共闘会談の線に沿った強力な指導機関が設置されるよう努力する」と修正して、発表することになった。いよいよ困難な時期にさしかかっている日本社会主義運動、労働運動の前進のため読者諸氏、全国の協会員の積極的な討論を期待するものである。(編集部)
一九六三年度一般経過報告
〔第六回社会主義協会全国総会承認〕
                      (一)
 一九六三年十月末の協会第二回全国総会は、協会の三回総会(昭和三六年八月)以後、二年にわたる組織活動の一応の成果を実証した。社会主義運動、労働組合運動における「右傾化阻止」を中心課題として、協会の組織的な体制を確立し、強化することが可能であることを実証した。
 安保闘争、三池闘争以後の運動における停滞状況は、日本の国家独占資本主義体制の強化に起因している。国家独占の支配体制の強化に対応する、社会主義政党と労働組合の体質改善の立ち遅れと、攻撃と正面から対決する姿勢の欠如によって、運動における停滞状況が生みだされている。同時にまた、資本主義的合理化の仮借なき強行は、労働者の階級的な抵抗をよびおこす条件を累積させており、運動の下部における“左翼化”は、まだ十分に組織されていないとはいえ、社青同第四回全国大会にみられるように、運動の停滞をふききる力の成長を示している。
 どのような理クツをつけようと、今日の日本の社会機構のなかで、階級対立と階級闘争の激化をおしとどめることはできない。構造改革論の左翼的な偽装は、反合闘争の闘いのなかで、その右翼日和見の正体をバクロせざるをえなかった。構造改革論の権威は失われ、社会党の、いわゆる右派三派のなかにも足なみの乱れが拡大しはじめた。
 この一年、労働者階級とともに歩む協会の活動は、地味ではあるが、着実に労働者のなかに浸透しつつある。これは、協会および協会系の集会における動員数の増加、協会員の増加、雑誌「社会主義」の新規購読者の増大等によって実証された。
 協会は、「右傾化阻止」の闘いのなかで、自らの体質改善をはかってきた。協会の先人の遺産を余すところなく摂取しつつ、運動の新しい条件のなかで、これを発展させるという任務をはたすために、平和革命論要綱第一次草案をもとに組織的な検討がつづけられた。また、憲法闘争、反合闘争等の、当面する労働者階級の課題にたいし、協会の立場からいかにこれを解明し、具体的な運動の展望を切りひらくかについても一貫して努力がつづけられた。のみならず、当面する社青同、労働組合、社会党における運動上の諸問題についても、中央委員会を軸にして、その具体的解決のための努力が払われた。
 むろん、協会のもつ主体的条件によって、協会の影響力の拡大には、一定の限度があった。したがって、運動全体の“停滞”と“混迷”を打破る力はなかった。しかし、このための力を、運動の下部に蓄積するという点で、また運動のとうとうたる“右傾化”を阻止するという点で、一定の成果をあげたことはたしかである。
 国家独占資本主義にその根をもつ“右傾化”は、一きょに阻止しうるものではない。また“右傾化”と闘うための協会の組織的な体制も、一きょに確立されうるものではない。このことを忘れて焦燥する“極左主義”は、結局、労働者階級から遊離して自滅する運命をもつ。
 われわれは、われわれの運動の果している役割を正しく評価するとともに、早くも国内の一部知識人の間にみられる、いわゆる“挫折感”の小ブル的安易さを克服して、自信をもって前進しなければならない。
(二)
 協会が運動の一切の分野における左右の日和見主義を克服するために闘う必要は、この一年、更に増大した。このためには、協会員自身の理論武装が更にうちかためられなければならない。中央における平和革命論第二次草案作製のための努力と、支局、支部の段階における、学習会活動の、かってない活発化は、そのことを反映している。
 平和革命論の探求は、八月の扉会議にみられるように、一次草案とは格段の全国的組織的なとりくみで進められた。また、地方における学習会も、例えば関西支局における小豆島講座にみられるように、一そう組織的なとりくみを強めている。単に学習会の回数の増大、定期化のみでなく、学習の姿勢、学習の内容においてもさまざまな発展がみられた。
 協会の主催する講演会も、かってなく数多く組織され、しかも、大衆動員に成功している。総会直後の、三池、鶴見の大災害をうけての「真相報告会」の組織化は、九州の福岡、長崎、北九[ママ]、田川、そして、山口県下関市や、東京で開催され、いずれも満員の状況であった。そして、これらの集会のなかで、大災害の災を、反合闘争の炎に転化するためのアッピールが行なわれ、反合闘争の思想的な側面が明らかにされ、階級的な労働組合づくりの必要が強調された。
 本年一月末の平和大会では、統社同、党内右派の“第二原水協”の結成を、左派との共闘で阻止し、日本の平和運動が、核武装阻止の課題を避けて通ることができないことを明らかにした。
 二月の社青同大会では、構改論の社青同版であった“大衆化路線”を粉砕し、「改憲阻止、反合理化」を闘いの基調にすえることができた。こうして、運動上部における右派戦線の一角は打ち破られ、協会系同盟員は、中央本部の指導の重責をになうこととなった。
 このあと開催された社会党大会に対しては、協会はとくに機関紙・誌の偏向を問題にし、左派と共闘して一定の成果をあげた。この過程で、協会の社会党本部班は、困難な状況のなかで大きな役割を果した。しかし、機関紙局が構改派の牙城となっていることを十分に知らない代議員も多く、この追求は具体的な成果をあげるにまでには至らなかった。
 総評大会は、二月、四月、七月と開催された。協会はこのなかで、反合理化の思想的、実践的な闘いの意義を訴え、同時にこの過程で、協会総評本部班を中心に、数度の研究会を開催した。春闘における四・一七スト回避の評価、反合闘争の拡大のための討議等も、ここで行なわれた。
 協会関東支局は、東交の反合闘争の支援のために、一貫して闘った。関東支局の全国オルグの未決定が、支局の主体的条件を制約し、支局の組織的運営と活動を弱めた点は、本部の責任として自己批判されなければならない。この時期は、東交闘争の困難な状況ともあいまって、社青同東京地本の一部に、極左主義の芽生えはじめた時期でもあった。関東支局青対部は、戦闘的な同盟員の層に依拠しつつ、極左主義の地盤をくずす闘いを、執拗に継続し、地味に成果をあげつつある。
 九州支局では、主要都市における協会結成が着実に進行し、支部間の連繋と交流も強化された。関西連協は、五月の段階で支局に発展し、常任委員会の機能によって、四国をふくむ連帯感と連帯行動は、じょじょに発展しつつある。
 静岡支部は、平和運動をつうじて運動体としての機能をつよめ、東北各県と北海道に、支部、支部準備委の結成がめだった。
 こうして、協会の支部が増加し、協会の組織が全国化するなかで、協会の本部および支局段階での指導体制の強化が日程にのぼってきた。これは、協会の統一的な独自活動の形態を確立する要望とも、不可分にかかわりあっている。
(三)
 機関誌「社会主義」は、当面する運動上の諸問題の、理論的、実践的解明に重点をおいて編集された。これは、社会主義協会が、日本の運動においてしめる一定の位置から、当然に要請されるものであった。
 構造改革論にたいする批判は、主として、反合闘争や憲法闘争の理論的解明や、闘い方の展望を明らかにするなかで、展開された。
 本年度の編集のなかで重点的にとりあげられたものは、以上のほかに、中ソ論争に関する「マルクス主義と理論闘争」、春闘および共産党の労働組合対策批判、日本資本王義の経済的諸問題、社会党および社青同の当面する任務と闘いの基調に関するもの、等々であった。国際情勢の分析および農民運動に関する問題のとりあげ方は、充分であったとはいえない。
 「社会主義」の編集は、本年三月号より、内容の「多様化」に苦心が払われた。論壇、随筆欄、オルグ日記、「青年運動ノート」等々の固定欄の設定にもその一面が現われてい
る。
 また、本年二月号より1.00円への値上げ(従来六〇円)を行ない、それにともなって一六頁増を行なった。レイアウトの面でも、かなりの改善をみた。しかし、機関誌の内容を一層充実させ、高めるためには、全協会員の、とくに東京以外の地方における協会員の積極的な協力(執筆、問題提起、編集部への忠言など)を必要としている.
 「新情報」は、当面の諸問題に関する、一そう迅速な解説と、協会としての指針を明らかにすることに努力した。社青同の運動や、春闘、平和運動等では一定の役割を果しているが、“解放派”等の極左主義に対する批判では、若干の立ちおくれがあったことを認めなければならない。
 機関誌「社会主義」、「新情報」とも、その前進の一つの隘路は、執筆者層の薄さと、これが充分組織されていない点にある。この点を克服することが当面の課題である。
 昨年の大会で決定した協会の理論誌「唯物史観」は、出版社との交渉がすすまず、六三年度はついに発行することができなかった。しかし、本年度は、年二回または三回刊で発行するよう努力するとの方針を、第二回中央委で確認している。
(四)
 日本における運動の「右傾化」を阻止しつつ、反合理化闘争を基軸として、労働組合運動の階級的性格を強化することが、六三年度の運動方針の中軸であった。
 全逓、鉄鋼、国鉄をはじめ、その傘下で協会の影響力は、着実に浸透しつつある。資本主義的合理化の苛烈な進展は、すべての経営と生産点において、協会の思想が浸透し、反合闘争の発展する条件を成熟させている。同時に、国家独占資本主義の労働組合運動に対する不当な支配介入と分裂策励、新労務管理体制の強化といわれる労働者にたいするしめつけの強化、思想攻撃の激化等々が、労働者の抵抗のエネルギーを組織化することを困難にしている。これは、第五回総会の論議、本年五月の九州支局総会の討議をはじめ「社会主義」「新情報]等でも、くりかえし明らかにされたところである。
 三井三池をはじめとする、全国に散在する拠点の不屈の闘いを横に拡げることと、社青同の「改憲阻止、反合理化」の思想と実践の具体化こそ、階級的労働組合進動をきずくための柱であることが、この一年の闘いのなかで明らかとなった。そしてこれらの闘いをつつみ、闘いの炎を拡大するための協会自体の宣伝と組織活動が不充分であったことを認めなければならない。第三回中央委で反省されたように、協会の出版活動の弱さと、運動の推進力である職場の活動家の理論的、思想的武装のための組織化活動の弱さを、早急に克服しなければならない。
 憲法闘争については、本年五、六月の段階で組織化の活動が展開され、協会にその指導理論の骨格を明らかにし、今後の平和と民主主義を守る運動の中心に憲法闘争をすえるべきであること、このため、「改憲阻止国民共闘会議」(仮称)を結成する必要のあることを訴えた。憲法闘争の理論的、実践的イニシアを闘いとる活動は、不充分ではあったが、一定の成果をあげつつある。
 協会は六月の第二回中央委で、「今後の平和運動の基調と、原水禁大会について」を発表し、協会員の討議の資料とした。そして、そのなかで、協会として平和運動の統一をおしすすめる基本方針にかわりはないが、共産党の「春闘にたいする裏切り」によって、早急に統一する条件が遠ざかったことを認めあった。同時に、今後の平和と民主主義を守る闘いが憲法闘争を中心に展開されなければならないこと、したがって、原水禁運動もその一翼として闘われるべきである点を明らかにした。そして、その後、アメリカの原潜寄港の問題に直面して、この原潜寄港阻止の闘いを憲法闘争の前哨戦として位置づけ、闘いぬく方針を明らかにした。
 協会の六三年度の当面する連動にたいする指導は、情勢の進展に対比すれば、まだまだ立ちおくれの感を免がれない。そして、これは主として、協会のもつ組織的な体制、とく支局の専従者体制の弱さに起因している。
 しかし、六二年度に比較するとき、かなりの前進を示していることもたしかである。そして、この前進を可能にしたものは、全国オルグの配置(九州および関西)と中央委員会制の採用であったという点を、見落してはならない。
(五)
 機関誌「社会主義」の新規申込みは着実に増加し、協会員も急速に増加している。しかし、集金体制の弱さがたえず有料購読部数の伸長を制約している。
 協会本部は「社会主義」七月号で訴えたとおり、集金関係の事務に相当のウェイトを置かざるをえない状況にあり、このため、積極的な販売工作や、読者へのサービス等がたちおくれる結果を招いている。雑誌取扱者の規定をつくり、誌代前納制のよびかけ、三ヵ月以上滞納の際の配本中止等、読者の協力を呼びかけているが、まだその効果は余りあがっていない。協会支部で取扱っているところでも、誌代の滞納のめだつところも、二、三にとどまらない。
 協会の組織的活動は活発化したが、その中心に、雑誌の拡大と正確、迅速な集金を位置づけるという点が、まだきわめて弱いことは真剣に反省されなければならない。協会としての組織活動が、上すべりであり、あるいは尻ぬけになっていることの現われであり、早急に克服されなければならない。
 協会は創立以来、自らの足で立つことをその一貫した方針としてきた。とくに第三回総会以降、組織活動と雑誌拡大、カンパ活動の結合によって、活動資金を自らの組織的活動で生みだすことに努力した。そして、たしかに一定の成果をあげたことも事実であるが、支部により、個人により、とりくみの姿勢に相当程度のアンバランスがあり、これを克服しえていない。
 協会が会費制に移行しようとしている現在、会費制の完全履行のためにも、この点の反省が必要である。
 そして、協会の財政問題は、協会の組織的活動の必要度に関する、協会員の組織的、個人的理解と姿勢の問題であるのでもっと重視されなければならない。
(六)
 協会の組織活動がすすむにつれ、支局、支部や班の形態が一般化してきた、協会員→←大衆という関係でなく、協会→←大衆という形の交流とコミュニケーションが拡大していく。このことは、支局、支部、班の意志統一を不可避のものとしていく。
 しかし、そういう協会の組織形態上の問題よりも、今日の運動の混迷が、協会にその解明を求め、それに応えて協会員が討論し、意志の統一を行なうことを要請してくる。協会は、中ソ論争の解明から、明日の職場での実践上の相談にも乗らなければならぬという、広汎な、重い任務を背負って歩まざるをえない。
 これらの重い荷物は、しかし、今日、日本の革新運動に課せられた荷物でもある。社会主義者の集団をもって自認する協会は、この荷物の重さに耐え、日本の社会主義運動、労働組合運動の前途にたちはだかる一切の障害をとりのぞくため、果敢に闘わなければならない。そして、その闘いのなかで、日本の社会主義運動、労働運動におけるオルグ集団にまで組織的に成長しなければならない。
 協会の過去一年の活動は、協会がこのような任務に耐えうるものであることを明らかにするとともに、協会がその機能を強化するため、組織的に一段と成長する時機にきていることをも示している。
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