最後の「浅沼演説」
日比谷公会堂 浅沼稲次郎 一九六〇年一〇月十二日
*出典は『資料日本社会党四十年史』(日本社会党中央本部 1985)
諸君、臨時国会もいよいよ十七日召集ということになりました。今回開かれる国会は、安保条約改定の国民的な処置をつけるための解散国会であろうと思うのであります。この解散、総選挙を前にいたしまして、NHK、選挙管理委員会、さらには公明選挙連盟が主催をいたしまして、自民、社会、民社の代表を集めて、その総選挙に臨む態度を表明する機会を与えられましたことを、まことにけっこうなことだと考え、感謝をするものであります。以下、社会党の考えを申し上げてみたいと思うのであります。
諸君、政治というものは、国家社会の曲がったものをまっすぐにし、不正なものを正しくし、不自然なものを自然の姿にもどすのが、その要諦であると私は思うのであります。しかし現在のわが国には、曲がったもの、不正なもの、不自然なものがたくさんあります。そこで私は、そのなかの重大な問題をあげ、政府の政策を批判しつつ社会党の立場を明らかにしてまいります。
第一は、池田内閣が所得倍増をとなえる足元から物価はどしどし上がっておるという状態であります。月給は二倍になっても、物価は三倍になったら、実際の生活程度は下がることはだれでもわかることであります。池田内閣は、その経済政策を、日本経済の成長率を九%とみて所得倍増をとなえておるのであります。これには多くの問題を内包しております。終戦後、勤労大衆の苦労によってやっと鉱工業生産は戦前の三倍になりましたが、大衆の生活はどうなったか、社会不安は解消されたか、貧富の差は、いわゆる経済の二重構造はどうなったか、ほとんど解決されておりません。自民党の河野一郎君も、表面の繁栄のかげに深刻なる社会不安があると申しております。かりに池田内閣で、十年後に日本の経済は二倍になっても、社会不安、生活の不安、これらは解消されないと思うのであります。たとえば来年は貿易の自由化が本格化して七〇%は完成しようとしております。そのためには、北海道では大豆の値段が暴落し、また中小下請工場は単価の引下げに悩んでおります。通産省の官僚が発表したところによっても、貿易の自由化が行なわれれば、鉱工業の生産に従事する従業員は百三十七万人失業者が出るであろうといわれておるのであります。まったく所得倍増どころの話ではありません。現在、日本国民は、所得倍増の前に物価倍増が来そうだと、その不安は高まっております。その上、池田総理は、農村を合理化するために六割の小農を離村せしむる、つまり小農切り捨てをいっております。このうえに農村から六百万有余の失業者が出たら、いったいどうなるのでありましようか。来年のことをいうとオニが笑うといっておりますが、これではオニも笑えないだろうと思うのであります。
物価をきめるにしても、金融や財政投融資、これらのものの問題につきましては、とうぜん勤労大衆の代表者が参加し、計画的経済のもと、農業、中小企業の経営の向上、共同化、近代化を大にして経済政策の確立が必要であります。政府の発表でも、今年度の自然増収は二千百億円、来年度は二千五百億円であると発表しております。この自然増収というものは、簡単にいえば税金の取り過ぎのものであります。国民大衆が汗水を流して働いたあげくかせいだ金が余分に税金として吸い上げられているわけであります。池田総理は、この大切な国民の血税の取り過ぎを、まったく自分の手柄のように考えて、一晩で減税案はできると自慢しておりますが、自然増収はなにも政府の手柄でなく、国民大衆の勤労のたまものであります。(拍手)したがって国民にかえすのがとうぜんであります。さらに四年後には再軍備増強計画は
倍加されて三千億になるといわれております。
わが社会党は、これを中止して、こうした財政を国民大衆の平和な暮らしのために使え、本然の社会保障、減税に使えと主張するものであります(拍手)。
池田総理は、投資によって生産がふえ、生産がふえれば所得がふえ、所得がふえれば貯蓄がふえ、貯蓄がふえればまた投資がふえる、こういっておるのでありますが、池田総理のいうように、資本主義の経済が循環論法で動いていたら、不景気も、恐慌も、首切りも、賃下げもなくなることになります。しかしながらどうでしょうか。戦後十五年、この間三回にわたる不景気がきておるのであります。なぜ、そういうことになるかといえば、生産が伸びた割に国民大衆の収入が増加しておらない、ところで、物が売れなくなった結果であります。したがってほんとうに経済を伸ばすためには、国民大衆の収入をふやすための社会保障、減税などの政策が積極的に取り入れられなければならぬと思うのであります。
ところで最近では、政府の社会保障と減税とは、最初のかけ声にくらべて小さくなる一方、他方、大資本家をもうけさせる公共投資ばかりがふくらんでおるのであります。こんな政策がつづいてまいりましたならば、不景気はやってこないとだれが保障できるでありましょうか。池田総理は、財源はつくりだすものであるといっておりますが、財源は税金の自然増収であります。日本社会党は、社会保障、減税の財源として自然増収によるばかりでなく、ほんとうの財源を考えておるのであります。
その一つは、大企業のみ税金の特別措置をとっておる措置法を改正して、大企業からもっとより多く税金をとるべきであると、私どもは主張するのであります(拍手)。
ここで一言触れておきたいと思いますることは、来年四月一日より実施されんとする国民年金法の問題であります。本年政府は準備しておりまして、二十歳以上百円、三十五歳になったならば百五十円と五十九歳まで一ぱい積んで、六十五歳から1ヵ月三千五百円の年金を支給しようというのであります。二十歳から百円、三十五歳から百五十円と、五十九歳までかけると五分五厘の複利計算で二十六万有余円になるのであります。それを六十五歳からは三千五百円支給してもらうということは、自分で積み立てた金を自分でもらうということになって、これは私は、社会保障というよりも、一種の社会保険、保険制度であらうと思うのであります。しかも、死亡すれば終りという多くの問題を含んでおります。社会党としては、その掛金は収入によって考えて、さらに国民年金の運営については、その費用は国家が負担し、積立金も勤労国民大衆のために使う、この福祉に使うということを主張しておるのであります。したがいまして、その実施を一年ないし二年延期をいたしまして、りっぱな内容あるものにして実施をすべきであると強く主張しておるものであります。
第二は日米安全保障条約の問題であります。いよいよ解散、総選挙でありますが、日米安全保障条約に関して、主権者たる国民がその意思表示をなすということになっておるのであります。いわば今度の選挙の意義は、まことに重大なものがあろうと思うのであります.アメリカ軍は占領中をふくめて、ことしまで十五年日本に駐留をいたしましたが、条約の改正によってさらに十年駐とんせんとしておるのであります。外国の軍隊が二十五年の長きにわたって駐留するということは、日本の国はじまっていらいの不自然なできごとであります。インドのネールは「われわれは外国の基地を好まない。外国の基地が国内にあることは、その心臓部に外国の勢力が入り込んでいるようなことを示すものであって、常にそれは戦争のにおいをただよわす」こういっておるのでありますが、私どももまったく、これと同じ感じに打たれるのであります(拍手)。
日米安全保障条約は昭和二十六年、対日平和条約が締結された日に調印されたものであります。じらい日本は、アメリカにたいして軍事基地の提供をなし、アメリカは日本に軍隊を駐とんせしめるということになったのであります。
日本は、戦争がすんでから偉大なる変革をとげたのであります。憲法前文にもありますとおり、政府の行為によって日本に再び戦争のおこらないようにと大変革をとげました。第一に主権在民の大原則であります。第二には言論、集会、結社の自由、労働者の団結権、団体交渉権、ストライキ権が憲法で保障されることになったのであります。第三は、憲法第九条で「国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」これがためには陸海空軍一切の戦力は保有しない、国の交戦権は行使しないと決定をしたのであります。この決定によって、日本は再軍備はできない、他国にたいして軍事基地の提供、軍事同盟は結ばないことになったはずであります。しかるに日米安全保障条約の締結によって大きな問題を残しておるのであります。日本がアメリカに提供した軍事基地、それはアメリカの飛び地のようなものであります。その基地の中には日本の裁判権は及ばない、その基地の中でどんな犯罪が行なわれても、日本の裁判権は及ばないのであります(拍手)。
また日本の内地において犯罪を犯した人が基地の中に飛び込んでしまったら、どうすることもできない。まさに治外法権の場所であるといわなければならぬと私は思うのであります(拍手)。
このような姿は完全なる日本の姿でありません。これが、はじめ締結された当時においては七百三十ヵ所、四国大のものがあったのであります。いまでも二百六十ヵ所、水面を使っておりまする場所が九十力所ある。これは日本の完全独立の姿ではないと私は思うのであります (拍手)。
さらにここには、アメリカに軍事的に日本が従属をしておる姿が現われておるといっても、断じて過言ではないと私は思うのであります (拍手)。
したがいまして日本が完全独立国家になるためには、アメリカ軍隊には帰ってもらう、アメリカの基地を返してもらう、そうして積極的中立政策を行なうことが日本外交の基本でなければならぬと思うのであります。ところが岸内閣の手によって条約の改定が行なわれ、この春の通常国会で自民党の単独審議、一党独裁によって批准書の交換が行なわれたのであります。これによって日本とアメリカとの関係は、相互防衛条約を結ぶことになった。そうして戦争への危険性が増大をしてまいったのであります。
さらに加えて、日本はアメリカにたいして防衛力の拡大強化をなすという義務を負うようになりまして、生活的には増税となって圧迫をうけ、おたがいの言論、集会、結社の自由も束縛をうけるという結果を招来しておるのであります(拍手)。
さらにわれわれが心配をいたしまするのは、防衛力の増大によって憲法改正、再軍備、徴兵制度が来はしないかということを心より心配するものであります。しかも防衛力の拡充については、日米間において協議することになっておりますから、一歩誤まれば、ここらから私はアメリカの内政干渉がきはしないかという心配をもつものであります。いずれにいたしましても、われわれは、このさいアメリカとの軍事関係は切るべきであろうと思う。同時に中ソ両国の間にある対日軍事関係も切るべく要求すべきであろうと思うのであります。そうして日本とアメリカとソビエトと中国、この四カ国、いわば両陣営を貫いた四カ国が中心となって、新しい安全保障体制をつくることが日本外交の基本でなければならぬと、私は主張するものであります(拍手)。
諸君、もう一つの根源をなすものは、おたがいの独立は尊重する、領土は尊重する、内政の干渉をやらない、侵略はしない、互恵平等の立場にたって、そうして新しい安全保障体制というのがとうぜんでなければならぬと私は思うのであります。ある意味あいにおきまして、私どもはこんどの選挙をつうじましてこの安保条約の危険性を国民に訴えまして、議会においてはああいう状態になっておるけれども、日本の主権者たる国民が安保条約に対して正しき立場を投票に表わすのが、主権者の任務なりと訴えてまいりたいと考えております。
第三の問題は、日本と中国の関係であります。日本は第二次世界大戦が終わるまで、最近五十年の間に五回ほど戦争をやっております。そのところがどうであったかと申しますならば、主として中国並びに朝鮮において行なわれておるのであります。満州事変いらい日本が中国に与えた損害は、人命では一千万人、財貨では五百億ドルといわれております。これほど迷惑をかけた中国との関係が、まだ、形式的には戦争の状態のままであります。これは修正をされていかなければならぬと思うのであります。現在、日本と台湾とを結んで日華平和条約がありまするが、これで十億人になんなんとする中国のかなたとの関係が正常化されたと考えることは、非常に私は無理もはなはだしいといわなければならぬと思うのであります。中国は一つ、台湾は中国の一部であると私どもは考えなければならぬのであります(拍手)。
したがって日本は一日も早く中国との間に国交を正常化することが日本外交の重大なる問題であると思うのであります。しかるに池田内閣は、台湾政府との条約にしがみついて、国連においては、中国の代表権問題にかんして、アメリカに追従する反対投票を行なっているのであります。まさに遺憾しごくなことであるといわなければなりません。われわれはいま国連の内部の状況をみるときに、私どもと同じように中立地域傾向が高まっておるということを見のがしてはならぬと私は思うのであります(拍手)。
もしアジア、アフリカの中立主義を無視して、日本がアメリカ追従の外交をやっていけば、アジアの孤児になるであろうということを明言してもさしつかえないと思うのであります(拍手)。
諸君、さいきん中国側においては、政府の間で貿易協定を結んでもいいといっておるのであります。池田総理は共産圏との貿易はだまされるといっておるのでありまするが、一国の総理大臣からこういうようなことをきけば、いかがであろうかと思うのであります。池田総理は口を開けば、共産圏から畏敬される国になりたいといっている。これでは畏敬どころではない。軽蔑される結果になりはしないかと思うのでありまして、はなはだ残念しごくといわなければならないと思うのであります。自民党のなかにも、石橋堪山氏、松村謙三氏のように常識をもち、よい見通しをもった方々がおるのであります(拍手)。
かつて鳩山内閣のもとにおいて日ソ国交が正常化するについて保守陣営には多くの反対がありました。社会党は積極的に支持したのであります。われわれは保守陣営のなかでも、中国との関係を正常化することを希望して行動する人がありますならば、党派をこえて、その人を応援するにやぶさかでないことを申し上げておきたいと思うのであります(拍手)。
第四は、議会政治のあり方であります。さいきん数年間、国会の審議は、ときに混乱し、ときには警官を議場に導入して、やっと案の通過をはかるというようなことさえ起こりました。いったい、こんな凶暴な事態が、こんな異常な事態がなぜ起こるかということを、われわれは考えてみなければならぬと思うのであります。国会の審議をみましても、社会党は政府ならびに自民党の提出します法案のうち、約八割はこれに賛成をしておるのであります。わが党が反対しておる法案は、警察官の職務執行法とかあるいは新安保条約とか、わが国の平和と民主主義に重大な影響を与えるものに対して、この大部分に対して私どもは反対しておるのであります。政府が憲法をこえた立法をせんとするものが大部分であります。日本社会党がこれらのものに本気になって反対しなかったら、わが国の再軍備はもっと進み、憲法改正、再軍備、お互いの生活と権利はじゅうりんされるような結果になってきておったといっても断じて私はいいすぎではないと思うのであります。
諸君、議会政治で重大なことは警職法、新安保条約の重大な案件が、選挙のさいには国民の信を問わない、そのときには何も主張しないで、一たび選挙で多数をとったら、政権についたら、選挙のとき公約しないことを平気で多数の力で押しつけようというところに、大きな課題があるといわなければならぬと思うのであります(拍手、場内騒然)。
《司会》 会場が大へんそうぞうしゅうございまして、お話がききたい方の耳に届かないと思います。だいたいこの会場の最前列には、新聞社の関係の方が取材においでになっているわけですけれども、これは 取材の余地がないほどそうぞうしゅうございますので、このさい静粛にお話をうかがいまして、このあと進めたいと思います(拍手)。それではお待たせいたしました。どうぞ。
(浅沼委員長ふたたび)選挙のさいは国民に評判の悪いものは全部捨てておいて、選挙で多数を占むると……(このとき暴漢がかけあがり、浅沼委員長を刺す。場内騒然)。
(以下は、浅沼委員長がつづけて語るべくして語らなかった、この演説の最終部分にあたるものの原案である。)
……どんな無茶なことでも国会の多数にものをいわせて押し通すというのでは、いったい何のために選挙をやり、何のために国会があるのか、わかりません。これでは多数派の政党がみずから議会政治の墓穴を掘ることになります。
たとえば新安保条約にいたしましても、日米両国交渉の結果、調印前に衆議院の解散、主権者なる国民に聞くべきであったと思います。しかし、それをやらなかった。五月十九日、二十日に国会内に警官が導入され、安保条約改定案が自民党の単独審議、単独強行採決がなされた。これにたいして国民は起って、解散総選挙によって主権者の判断をまつべきだととなえ、あの強行採決をそのまま確定してしまっては、憲法の大原則たる議会主義を無視することになるから、解散して主権者の意志を聞けと二千万人に達する請願となったのであります。しかるに、参議院で単独審議、自然成立となって、批准書の交換となったのであります。かくて日本の議会政治は、五月十九日、二十日をもって死滅したといっても過言ではありません。かかる単独審議、一党独裁はあらためられなければなりません。また既成事実を作っておいて、今回解散と来てもおそすぎると思います。わが社会党は、日本の独立と平和、民主主義に重大な関係のある案件であって国民のなかに大きな反対のあるものは、諸外国では常識になっておるように総選挙によって、国民の賛否を問うべきであると主張する。社会党は政権を取ったら、かならずこのとおりに実行することを誓います。議会政治は国会を土俵として、政府と反対党がしのぎをけずって討論し合う、そして発展をもとめるものであります。それには憲法のもと、国会法、衆議院規則、慣例が尊重されなければなりません。日本社会党はこの上に行動をいたします。
最後に申し上げたいのは現在、日本の政治は金の政治であり、金権政治であります。この不正を正さねばなりません。現在わが国の政治は選挙でばく大なカネをかけ、当選すればそれを回収するために利権をあさり、時には指揮権の発動となり、カネをたくさん集めたものが総裁となり、総裁になったものが総理大臣になるという仕組みになっております。
政治がこのように金で動かされる結果として、金次第という風潮が社会にみなぎり、希望も理想もなく、その日ぐらしの生活態度が横行しております。戦前にくらべて犯罪件数は十数倍にのぼり、とくに青少年問題は年ごろのこどもをもつ親のなやみのタネになっております。政府はこれに対して道徳教育とか教育基本法の改正とかいっておりますが、それより必要なことは、政治の根本が曲がっている。それをなおしてゆかなければなりません。
政府みずから憲法を無視してどしどし再軍備をすすめ、最近では核弾頭もいっしょに使用できる兵器まで入れようとしておるのに、国民にたいしては法律を守れといって、税金だけはどしどし取り立ててゆく。これでは国民はいつまでもだまってはいられないと思います。
政治のあり方を正しくする基本はまず政府みずから憲法を守って、きれいな清潔な政治を行なうことであります。そして青少年には希望のある生活を、働きたいものには職場を、お年寄りには安定した生活を国が保障するような政策を実行しなければなりません。日本社会党が政権を取ったら、こういう政策を実行することをお約束申します。以上で演説を終わりますが、総選挙終了後、日本の当面する最大の問題は、第一は中国との国交回復の問題であり、第二には憲法を擁護することであります。これを実現するには池田内閣では無理であります。それは社会党を中心として良識ある政治家を糾合した、護憲、民主、中立政権にしてはじめて実行しうると思います。
諸君の積極的支持を切望します。