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西尾処分についての統制委員会の報告
第一六回党大会
党統制委員長・猪俣浩三
一九五九年一〇月一七日
*出典は『資料日本社会党四十年史』 
 
 統制委員会の報告を申しあげます。
 第十六回定期大会において、九月十四日、当委員会に付議せられました顧問・西尾末広君にかかる統制議案、並びに九月三十日、中央執行委員会より当委員会に送付せられました顧問・西尾末広君の新党構想議案につき審査の結果、つぎのように議決いたしましたので報告いたします。
 
 本論に入ります前に、この統制委員会の経過を申し上げたいと思うのであります。
 統制委員会は、九月二十六日、十月一日、十月八日、十月九日、十月十二日、十三日、十四日、十五日、八回開催をいたしました。そして、十五名の委員全員出席のもとに、もっとも熱心に、もっともしぶとい議論をすすめ、調査をいたしました。相当議論はたたかわしましたけれども、最後の断をくだす直前までは、まことに和気あいあい裏に進行しておったのであります(笑声)。
 
 そこで、最後の十五日は、各党大会において付議されました五項目、および中央執行委員会から付議せられました新党構想問題、各項目にわたりまして賛否を問うたのでありまするが、多数決によりまして、各項目とも、西尾君の行動が党の規約違反だという結論が出たわけであります、ここまでは、全部十五名そろってやってまいりました。
 そこで、この確定せられました事案を基礎といたしまして、いかなる処分をするかということに入りました。これは五時三十分ごろ、この事業の確定は終わったのでありまするから、あといかなる処分をするかということは、二〜三十分あれば終了したのでありまして一六日は大会を控えておりますがゆえに、なんといたしましても一五日は、すくなくとも六時ごろまでには結論を出してもらいませんと、委員長が委員会に報告いたしまするその事案さえ調整ができないということになりまするので、私はこれを各委員に、本当に哀訴せんばかりにお願いしたのであります(笑声)。
 
 十三日に結論を出すつもりで、十四日、十五日にかかりまして、名判決をつくろうという意気ごみでやりました。十三日をもって終了することを、はじめからプランをたてたのでありますが、諸般の事情から十三日にできず、十四日にできず、大会を前にいたしまして、十五日になっても、なお綿々としてできないという状態におちいりまして、委員長としては相当の焦燥を感じたのであります。(笑声)。
 そこで五時半になりましてから、いわゆる六人の右派系と目される委員から休憩を求めてまいりましたから、十分間休憩しようといったのであります。そしてとにかく結論を出してからゆっくりと夕めしを食べて、なお懇談するところがあったらしようじゃないかということでありましたが、一時間にしてくれということであって、そこで、実は六時半まで、また待ったのであります。しかし、どうもなんか開会せられるような運びにならんような情勢を察知いたしまして、私は六時三十分に、七時にきちっと開会するから、ぜひ参集してもらいたいということを、隣の部屋におりました六人の方がたに通告いたしました。ところが、どうも七時に集まられるやどうや、なお疑惑がありましたので、六時五十分にもう一度、三十分廷ばす、七時半までがまんするから、ぜひ相談があったら早くきりあげて出てきてくれということで、六時五十分に七時半の通告を、こんどは六人の各委員一人一人に、委員長の名前で文書をもって通告いたしました。ところが、どうも七時半に集まるかどうかなお不安でありましたので、こんどは七時二十分に、七時半に確実にひらくから出席願いたいことと、なにかご都合が悪くて出席できない方は、委任状を添付して出してもらいたいということを、委任状を一人一人に……出席要求書と委任状をつけてお届けしたわけであります。七時半までにまいりましても現われない(笑声)。けれども、なんとかして、全員出席のうちで決をとりたいと考えまして、じっとがまんをいたしました。七時四十分、五十分になっても参会せられない。
 
 そこで実は、新聞記者諸君にもこれからはじめるぞという通告し、新聞記者諸君は、ちゃんと写真班が入った。こうやるならば、隣の部屋にいる方々は、あ、いよいよやる気だなということをお心づきになって、きっとはせ参ずるに違いないと思って、そういう作戦までとったのでございます。(笑声)。さあ、新聞記者がどっと入りまして、おおいにこれからはじまるというんでやりましたが、なお現われない(笑声)。新聞記者は退場して八時までずっと待っとったが現われないので、なんといたしましても万策つきまして、ここに、居残りました九人によって統制委員会を構成いたしまして最後の処分を決定したしだいであります。
 かような意味におきまして私どもが、十二分なる六人の方々の特別なる相談−どういう相談だかわかりませんが−特別なる相談の時間は、二時間半にわたりまして与えたのでありまするが、十六日の大会を前にいたしまして、八時すぎまでかかりましては、とうていこの報告書ができない、そこで八時に開会いたしたのであります。
 
 六人の方々が、この時間をあたえてくれ、相談の時間をあたえてくれといって、われわれにこんどは交渉してまいりましたのは、われわれのうちから、委員長の報告のほかに、少数意見、西尾末広君は無罪である、統制にかかるものじゃないという議論の報告をさしてもらいたいという要望であったのであります。ところが、統制委員会と申しまするのは党の一つの機関であって、その多数決というものを、全統制委員が連帯責任を負わなければならんことは当然のことです。これは最初、統制委員会を開催いたしまするときに強く皆さんに要望し、十五人の方がことごとく賛成せられたんです。ですから、たとえ多数決であっても、統制委員会の結論には、全員連帯責任を負わなければならんことは必然でありまして、委員長の報告のほかに、統制委員会の少数の人がまた別な報告をやるというようなことは、前代未聞の話であるし、大会の混乱をまねくもとであるからそれはできない。しかし、皆さんがいわんとほっする点がございましたならば、どうか文書に書いてください。そうすれば、その文書を統制委員長が大会に読みあげまして、皆さんの意のあるところを大会諸君に周知せしめるようにとりはからうから、どうかそういうふうにひとつ協定してもらいたい。これも本当にがまんにがまんを重ねてお願いしたんであります。ところが、どうしても演説をぶたせろということなんです(笑声)。最後には、朗読ということは一致いたしましたから、しからば朗読ならば、統制委員長が朗読しても諸君が朗読しても、声は少し悪いけれども、内容には違いがないはずであるから、委員長の報告にまかしてくれろといったけれども承知なさらんのであります。
 かようなしだいでありましてわれわれが独断専行したものでもないし、非民主的に委員会を運営したわけでもないのです。さような状態でありますが、なんか新聞の発表をみますると、私どもがムリヤリに、多数決を頼んでおしきったような発表がなされておることは、実は怒り心頭に発しているわけであります(拍手)。
 
 そこで本論に入りたいと思います(笑声)。
 処分、顧問・西尾末広君を規約第七十五条によるけん責処分にする。
 
 次にその理由を申し上げます。
 一、大会より付議せられた西尾末広君の日米安全保障条約に関する最近の言動について。西尾末広君の日米安全保障条約に関する最近の言動は、西尾君がたとえ「自分のいっているのは条件闘争ではない。日米安全保障条約は究極的には解消すべきものだとの前提をおいてのものであったとしても、党は三年、五年などの条約に期限をつけるように要求した方がいいのではないか」とか、あるいは「条文をかえさせることを考えるべきではないか」というような言動は、西尾末広君が当委員会において表明せられました「現行の日米安全保障条約は、不完全ではあるが、わが国の安全になんらかの寄与をしたものと思う」あるいは「政府の改正案には反対であるが、改定そのものには賛成である」旨の考えかたに徹するならば、西尾末広君の言動は条件闘争と認めざるをえない。しかし、現行日米安全保障条約の存在そのものに全面的に反対し、いっさいの条件闘争を認めない方針のもとに、しかも政府の改定調印交渉を目前にして、必死に改定反対のたたかいをつづけておる党といたしましては、党外におけるこれらの西尾末広君の言動が、対外的に党のたたかいに疑惑をいだかしめ、党のたたかいに障害となったことは否定できない、と断ぜざるをえないのであります(拍手)。
 
 二、西尾末広君の昭和三十三年三月二十六日付防衛大学機関誌『小原台』に寄稿された「均整のとれた幹部たれ」と題する文章の内容について。これは自衛隊を容認しない党の方針からすれば、寄稿それ自体、不謹慎のそしりをまぬがれないのでありますが、それをおくといたしましても、その文章の内容は、現代は資本主義か社会主義かの時代ではなくて、民主主義か共産主義かの時代であるとし、わが国の社会主義者や、進歩的評論家のこれに反する見解を錯覚であると断じておるのであります(「とんでもない話だ」の声あり)。また国は、物理的自衛力なくしては自衛できないと、物理的自衛力の必要をといているのであります。これらの表現は、党の綱領、基本政策、運動方針に違反するものであり、たとえ、短い文章のために舌たらずであり、表現不足であり、かつまた共産党が自衛隊をねらっておることを警告するための目的をもった論文であり、真意においては党の綱領、基本方針などには賛成であるとしても、すくなくとも、かかる表現をしたことの責任はまぬがれないと思うのであります(「異議なし」の声あり)。
 
 三、西尾末広君が日華協力委員会に関係したことの点について。日華協力委員会の委員であることを記載した文書が二通あります。ありますが、まだ会員を交渉中だという九月一日付けの文書も一通あるのでありまして、これと西尾末広君が当委員会で弁明したことなどを総合考察いたしますると、いまただちに、西尾末広君が日華協力委員会に関係したとの断定はできがたい状態であったのであります。
 
 四、西尾末広君が、労働組合の第二組合結成を直接指導したとの事実は、いま、党員、当委員会の調査の範囲においては、ただちに断定がくだされない状態でありました。
 
 五、西尾末広君が、本年七月十九日、党規約に違反した組織原則による愛知県繊維支部結成大会に出席し、祝辞をのべたが、この支部が組織上問題があることについて。なんらかの認識をもちながら出席し、祝辞をのべたことは、党幹部として軽そつのそしりをまぬがれないとしても、繊維支部結成に直接参画したかどうかという点につきましては、いまただちには断定はくだされない状態でありました(「調査不足」の声あり)(笑声)。
 
 六、中央執行委員会より送付せられた西尾末広君の新党構想事案について。朝日新聞に掲載せられました記事による西尾末広君の新党構想は、党大会において西尾末広君を統制委員会に付議する決議案の可決せられました直後であり、西尾末広君が異常な興奮状態のうちでおこなわれた意思表示であって真意において、かならずしも新党結成を目途としたものではないとしても、あたかも党を分裂せしめるがごとき印象を党内外に与え、全党に多大の迷惑を及ぼした責任は、とうていまぬがれないと思うのであります(拍手)。
 以上であります。